【ESSAY】内定式に潜む壮大な罠
※前アカウントに載せていた作品の再編/再掲です
先日、内定式に行ってきた。
本社のある静岡まで新幹線で行く、プチ遠出である。
就活をしていた数ヶ月前までは、社会人になる意気込みに溢れていたが、最近は卒業制作に追い込まれたり、残り少ない学生生活に焦ったりと、もう就職後のことなど考えてる余裕はない。
そんな中での内定式ほど、面倒なものはなかった。
行きの新幹線で改めて今日のアジェンダを見ると「ディスカッション」という項目があった。
ただ座って話聞いてりゃ終わると思っていたので、あぁこりゃ余計にめんどい、と思った。
それに懇親会のような大勢で飲むやつが大の苦手なので、それも面倒くさかったし、なんなら知らない人と喋ることすら面倒くさかった。
そんなこんなで、静岡本社に着き、内定式が始まり、お偉いさんの話をひたすら聞く時間が続く。
終盤に差し掛かったころ、アジェンダのディスカッションにあたる部分がやってきた。
しかし、「これからの広告について」や「斬新なプロモーション考えろ!」とかガチガチのやつを予想していたのも杞憂に終わり、実際は「自分の好きなものや得意なことを発表する」という、“ディスカッション”とは…???という感じの肩透かしな内容だった。
一人一人画用紙とペンを渡され、自由に書いて発表するという簡単なものだった。
しかし、担当の社員さんが、「これだけは誰にも負けない!ってこととか、これなら語れる!ってものを書いてね」というもんだから、書くのに困ってしまった。
普通に、「好きなこと」と言われれば趣味であるドラムや野球観戦と書けばよかったのだが、正直どれも語れるほどかと言われるとそうでもない。
迷った末、僕は一番好きなラジオ番組である「ハライチのターンを聴く」と書いて発表の時間を待った。
これも初期から全放送聴いているわけではないので、めちゃめちゃ詳しいわけではないが、まぁどうせ知ってる人いないだろうし、ボロが出てもバレないだろう、くらいに思っていた。
そして発表の時間がやってきた。
僕の順番は16人くらいいた中の7番目くらいだったので、まずは皆んなの出方を伺った。
初めの人は、「絵を描くこと」と発表した。
まぁ、なんとなく、そうなんだぁくらいに思った。
次の人は、「音楽を聴くこと」だった。
少し、おや?っと思った。
次の人は、「写真を撮ること」だった。
ここで僕は、自分の書いた回答の場違いさを感じ始めた。
みんなの発表を聞いていても、どれも語れるほど好きなものというわけではなさそうで、言ってしまえば、ただの趣味発表会になっていた。
うわぁ、やられた。
そして僕の番が来て、「ハライチのターンを聴く」と発表すると、案の定、『何それ…?』的な雰囲気が漂った。
まだみんな仲良くなってない上に空気もまだ全然硬いなかでの、意味のわからない回答。
周りから見たら、『みんなと違うこと言って目立とうとしてるやつ』にでも見えただろう。
まだ仲良くなっていないコミュニティにおいてそう思われるのはとてつもない地獄である。
完全にやられた。
僕は内定式に潜む罠にまんまとハマったのだ。
ここで、「音楽を聴くこと」とか「写真を撮ること」とか当たり障りのないことを言って、それをきっかけに同じ趣味の人と懇親会での話題にする、みたいなのが定石の流れだったのだろう。
完全に流れに乗り損ねた。
しまったと思ったが、それを悟られる事が最大の恐怖。
僕は、いかにも『自分スベってませんけど?』って顔でその場をやり過ごした。
そんなこんなで、趣味発表会が終わった。
幸い、最後まで空気は硬いままで、全員スベったみたいになっていたのが僕にとっては救いだった。
その後小休憩に入り、「あそこはもっと普通の趣味を書くべきだった…」とぬるくなった爽健美茶を飲みながら1人反省会をしていると、僕の3つくらい隣の席に座っていた女の子が話しかけてきた。
「私もターンリスナーなんです!!!」
おおぉ、まさかのあの回答でヒットが出たか。
しかも当たり障りのない趣味ではなく、コアな趣味の友達ができるのは相当嬉しい。
手応えは無いが、すごい結果が出た、逆転タイムリーポテンヒットを打った気分だ。
その場では時間がなかったので、一言二言交わし、また懇親会の時にでも喋りましょうという感じになった。
時は流れ、内定式は終わり、懇親会会場へ移動し、懇親会が始まった。
席は事前に決められており、指定された席に着いた。
さっき話しかけてくれた子を探すと、真反対の席。
まぁ後で話しに行くか、くらいに思っていた。
しかしいざ始まると、役職持ってる系の社員さんが近くにいてずっと話を聞いていなけれなならず、席を移動しようにも、どのテーブルも同じ状況のため誰一人移動しないもんだからするにもできず、結局お偉いさんの話をニコニコ相槌を打ちながら聞いていたら懇親会は終わってしまった。
会が終わり、二次会会場であるカラオケへ移動する途中で、結局あの子と喋ってないなと思い出し、その子を探した。
しかし見当たらなかった。
二次会は不参加で帰ったのだろう。
内定者は9割型二次会まで参加していたので、なんという確率で帰ってくれたんだ、と思った。
せっかく声をかけてくれたのに、自分から話しに行けなかった後悔や、同じ趣味の人と楽しい会話をできなかった残念さから、最終的にはあの逆転タイムリーポテンヒットは後味の悪いものになってしまった。
こうなってくると余計なことを考えてしまう。
もしやこれは内定式の罠の続きで、懇親会で喋らせないことも含めて全て罠だったのではないか。
僕に逆転タイムリーポテンヒットを打たせて気持ちよくさせておいて、その裏でサヨナラ勝ちするという、手の込んだ悪質な作戦だったのではないか。
こうして僕は、内定式に潜む壮大な罠にまんまと引っかかったのだ。
みなさんも、内定式の際は罠に気をつけて。