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祖母の幻視を軽んじていた周囲

私の祖母(86歳)は、毎朝きっちり化粧をする。週に二回は洗濯をする。運動好きだったので、背筋が伸びていてしっかり歩く。美容室で週に一回はヘアセットを行い、お洒落がとても上手い。
耳が良く、気の利いた返答も得意。

美意識が高く賢い。

そんなところが母と私にとっては密かに自慢だったのだが
そのことが私達とお医者様にとっては、彼女の認知症の進行を見誤らせた原因となる。

「そこにいる女の子達は、孫ちゃんが連れてきたの?もう遅いから、帰るように言って?」

と、祖母が、見えない子供の存在を私に訴えることが2019年の夏頃から何回かあった。

祖父を失くし、同居の私が日中働きに出ている間に幻視が現れるようになり、それらを不気味がって
別居の娘(私の母)や実の妹や近所の人や私に電話をかけたり、警察を呼ぶようになった。

祖父がいなくなったことでメンタルに来ているんだろう、と私と母は判断したが、素人判断は危険だと思い、行きつけの総合病院の内科の先生や、かかりつけの個人医院の医師、近所のメンタルクリニックの医師と認知症外来の女医さんに相談したが

祖母はお医者様の前では幻視の話を積極的にしなかった。


しなかったというより、上手く症状を説明することができず、私と母がポンポン医師とコミュニケーションを取っているのに圧倒されていた。
(私と母は、祖母の言葉を奪わず、医師に促された時のみ発言している)

本人の口から医師に説明するのが一番だと私と母は信じて疑わなかったし、お医者様も、祖母が当たり障りのないことしか言わない為
そんなに困っているとは全員思わなかった。

一見祖母はしっかり受け答えしているように見えた。しかし、家族以外の人には格好をつけてしまう癖と、世間話は得意なのに説明やプレゼンや自己紹介やスピーチは経験がなく(就労経験がない)不得意であるということを私達は理解していなかった。

祖母は話したかったけど、話し方がわからずに病状説明を簡単に済ませてしまった為、医師達は精神安定剤を処方するので様子を見ましょうとしか言えず、私と母も、祖母が思っているより深刻ではない、メンタルの弱い人なんだなあという認識だった。

実際、何回も行われた精密検査では、祖母の脳は年相応にしか萎縮しておらず、常識テストも満点に近く
医学上は誰も祖母を認知症だと診断できなかった。


しかし2020年元旦の早朝、祖母は寝ている孫のそばにたたずむ女の子の幻視に怯え
もう無理だと涙ながらに狼狽し、過呼吸になり救急病院に運ばれた。

しかし、夜勤の内科の医師が診てくださったが体はどこも悪くなく、様子を見ましょうと返される。

同じ日の午前9時、同じ症状が起こり別の病院の呼吸循環器の医師に診てもらうも、異常ありませんと返された。

1月8日、再度同じことを繰り返すので、私は母と話し合い、ネットで検索した県外の精神科病院に祖母とタクシーで向かった。

医長だという先生に、ことのあらましを洗いざらい説明。祖母も、医長さんの丁寧なカウンセリングに心をひらき、ポツリポツリと
自分にしか見えない人達の話をした。

小学生の女の子ふたり

亡き祖父の足

中年男性

兵隊

祖母は目に涙を溜めながら

「私には見えていても、周りが見えていなくて私をキチガイ扱いするのが辛い」

と口にした。

正直、祖母が見えない人間の存在を私達に報告してくる時私と母は

(またか…)

と思っていた。かまって欲しいのだろうと話したこともある。仕事中に電話されて、イラついたこともある。

それでも、祖母の発言をぞんざいに扱ったことは一度もなかったつもりだったので【キチガイ扱い】というワードには面食らった。

結局、その病院で精密検査をしてもらうことになった。祖母は、話をしっかり聞いてもらった為か症状は落ち着いて見える。


若い頃は誰よりも聡明で華やかで輪の中心にいた祖母が、老いて幻覚に悩まされることを誰が想像できただろう。かかりつけのメンタルクリニックの医師が、

「あなたは老いを受け入れられていないのでしょうね、人は誰しも老いて枯れて死んでいくんですよ」

と祖母に諭していた。

そうですね、と祖母は肯く。

孫が言うのはおかしいけれど、祖母に老いを「しかたないこと」と受け入れてもらい、気持ちを楽にして欲しいと願うことしか私にはできない。




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