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祖母のいらだちと孫の困惑
「ひとしちゃんは今日は何時に帰ってくるの?」
ひとしちゃん(仮名)は祖母の息子。私が生まれる前に交通事故で亡くなった。
「さあ、叔父さんからは何も聞いてないけどなあ」
のらりくらりと答える私。
「ひとしちゃん、朝は何時に出て行ったの?」
「私が朝起きた時はもういなかったよ」
嘘はついていない。ただ祖母からしたら、しらじらしく聞こえたらしい。
「ひとみちゃん(母・仮名)も孫ちゃんも、あいまいにして!そんな扱いされても、私も大人なのよ!正解を言ってくれないと気持ち悪いわ!」
「ひとみちゃんはたしかに、あけすけな性格ではないけど、いつも私を子供扱いして!」
この場にいない母に鬱憤が溜まっていたらしい。
でも、ひとし叔父さんはもう亡くなってるなんて言ったら
「また私頭がおかしくなってたのね…」
「死にたい…お迎えはまだかしら…」
って落ちこむのは目に見えてるから
私も母も、調子を合わせることに徹してるんだよ。そりゃあ、女優になったことはないから演技は下手だけど。
母は私よりもっと割り切れず
「ひとしちゃんって、私のお兄ちゃんのこと?もう死んじゃったでしょ?」
と、いちいち確認を取ってしまう。そして、それを毎回後悔する。
「わかってるのよ、否定しないで流せば良いって、でも、やっぱり実の親だから心の整理がついてないの」
そうだろうね。
そして冒頭の会話の末、イライラした私は祖母に
「ひとしさんって私お会いしたことないけど、私が生まれる前に亡くなってなかった?」
と口にしてしまった。祖母は
「そうよねえ、それでその一年後に孫ちゃんが生まれたんだものねえ」
と、納得のいった様子だった。きっと祖母は自分の記憶や認識に自信がないから
正して欲しい時に適当にかわされると苛立つターンと
ちがうでしょと否定されると、この世の終わりのように悲しんでしまうターンが交互に来る。
今日は悲しまない日だったようだ。
女王様のご機嫌を読むのは、なかなか一筋縄ではいかないなあ。