有鉤骨骨折をヤクルトファンの医学生が解説してみた

 こんにちは。ヤクルトファンの わか です。

 本日は、私の野球アカウント(https://twitter.com/waka77_swallows)が500フォロワーを達成したということで、以前からお約束していた「スポーツ障害の一般向け解説」を行っていこうと思います。皆さん、本当にありがとうございます。

 以降も、フォロワーさん増加の勢いにもよりますが、100フォロワーごとに更新していこうと考えています。よろしくお願いします。


0.はじめに

 さて、皆さんは「有鉤骨骨折(ゆうこうこつこっせつ)」というスポーツ障害を聞いたことはありますでしょうか。

 最近ですと、好調だった阪神・糸原健斗選手が右手有鉤骨の骨折で離脱し、阪神タイガースが大打撃を受けていますね。12試合連続安打も、312試合続いていた連続試合出場も強制ストップということで、本人にとって物理的にも成績的にも痛い怪我となってしまいました。

 少し昔にさかのぼると、『若大将』巨人・原辰徳監督、『日本の四番』日ハム・中田翔選手、『高校通算本塁打数一位』日ハム・清宮幸太郎選手、『実は通算18勝』ヤクルト・雄平選手らもこの怪我を経験しています。

 では、この「有鉤骨骨折」は、一体何が原因で起こるのでしょうか?その後の成績に影響するのでしょうか?予防はできるのでしょうか?


1.有鉤骨骨折とは

画像1

(↑illustAC さば様の素材をお借りしました)

 有鉤骨は、手首の付け根の、小指側にある骨です。中手骨(手のひらの骨)を介して薬指、小指を支えています。

 「鉤(かぎ)」とあることからもわかるとおり、フック状の突起を持っており、この部分が折れることを「有鉤骨骨折」といいます。

 手首の小指側に、腫れと痛みとが生じ、握力が低下します。握ることや、手のひらを反らすことすら困難な痛みが襲います。すぐ横を通る「尺骨神経」を傷つけ、薬指・小指の感覚がおかしくなることもあります。

 X線では判別しにくい部位の怪我なので、見落とされてしまうこともあります。事実、原辰徳氏が有鉤骨骨折した際にも、初めは見落とされ(靭帯断裂との診断)、後日CTを用いた再検査で骨折が判明した、という事例がありました。


2.有鉤骨骨折の原因

 有鉤骨骨折には、大きく分けて2つの原因があります。

①疲労の蓄積(疲労骨折)
②過度な衝撃による骨折

 プロ野球選手は、つねに怪我を抱えながら、痛みと共存して試合に出場しています。そこで、なんとなく、手首・手のひらに違和感を覚えながらも痛みを我慢して練習を続けていた結果、スイングの際に投手側の手の有鉤骨がポキっと折れてしまうのが①。清宮選手が度々訴えていた右手首の違和感を軽視した結果、その3ヶ月後に骨折したというケースもありましたね。

               ↓

https://www.sanspo.com/baseball/news/20190305/fig19030516490009-n1.html

 2014年に、当時プロ二年目だったヤクルト・小川泰弘選手の右手に、阪神・鳥谷敬選手の放った痛烈な打球が直撃し、後日有鉤骨骨折と診断されたケース。これが②になります。

 球界では、「打者の職業病」とされており、スイング・打ち損じの度に蓄積した骨の疲労が原因となるので、なかなか防ぐことは難しいです。

 とくに、小指をグリップエンドにかけるような長距離打者では、バットの先で打ち損じた際に、グリップエンドを介して、テコの原理で非常に大きな衝撃が有鉤骨に加わるため、骨折しやすいとされています。また、いわゆる「ヘッドが寝た」状態でのスイング・インパクトも、有鉤骨に強い衝撃を与えてしまいます。

 糸原選手の持ち味は、センターから逆方向への力強い打球と、際どい球をカットしつつ三振せず四球を選ぶ粘り強さ。ですが、その反面、差し込まれたような形のファウルや、バットの先で捉えた打球も多く、その度に有鉤骨に疲労が蓄積されていったのではないでしょうか。

 また、外角高めの打率が極端に低いというデータもあり、ヘッドが下り気味な可能性もあります(ここは動作解析の専門家におまかせしますが)。

 いずれにせよ、有鉤骨に疲労が蓄積しやすい打撃であったことは間違いなさそうです。

データの参照元↓

https://spaia.jp/column/baseball/npb/9806


2.有鉤骨骨折の治療法

 では、仮に有鉤骨を骨折してしまった際に、どういった治療が選択されるのでしょうか。ケースごとに見ていきましょう。

①疲労骨折の場合

・・・疲労骨折の場合には、「手術療法(有鉤骨鉤切除)」が選択されることが多いです。手術による摘出が選択される理由としては、

◯骨片が、まわりの組織(筋肉・神経など)を傷つけてしまう恐れがある
◯保存療法に比べ、早めに競技に復帰できる(リハビリ含め6週間前後)
◯とくに打者において、保存療法では再発する恐れがある

といったものが挙げられます。清宮選手は手術を選択しています。糸原選手も、手術になるのではないか、というのが大方の見立てです。

7/28追記:糸原選手、無事に摘出手術が終了したそうです。

https://twitter.com/tigersdreamlink/status/1287969156642377729?s=21

②衝撃による骨折の場合

・・・この場合は、ギプスなどで指と手首を固定して、骨が癒合するのを待つ、ということになります。小川投手はこちらを選択しました。競技復帰には少なくとも2~3ヶ月程度かかるとされています。有鉤骨には、小指を動かす筋肉(短小指屈筋、小指対立筋)がつながっているので、小指まで含めて固定する必要があります。


3.有鉤骨骨折後の成績

 有鉤骨を骨折すると、握力の低下や、靭帯と筋肉の機能の低下などの後遺症が起こってしまいます。

 骨折後の症状をよく表したものとして、原辰徳氏の「事実上、バッター原辰徳はこの骨折のときに終わりました」という一文は、あまりにも有名です。

 骨折の経験者(敬称略)を列挙してみましょう。(私調べなので、かなり抜けがあるかもしれません💦)

 1986年 巨人・原辰徳
 1988年 近鉄・金村義明
 1996年 近鉄・石井浩郎
 1996年 近鉄・中村紀洋
 2001年 巨人・二岡智宏
 2005年 西武・カブレラ
 2006年 西武・栗山巧
 2007年 ロッテ・今江敏晃(年晶)
 2008年 日本ハム・中田翔
 2010年 ソフトバンク・松田宣浩
 2013年 ヤクルト・畠山和洋
 2014年 ヤクルト・小川泰弘
 2016年 中日・高橋周平
 2016年 日本ハム・杉谷拳士
 2017年 ヤクルト・雄平
 2017年 中日・堂上直倫
 2018年 中日・モヤ
 2019年 日本ハム・清宮幸太郎
 2019年 DeNA・宮﨑敏郎
 2020年 オリックス・宜保翔
 2020年 巨人・山下航汰
 2020年 西武・牧野翔矢
 2020年 中日・桂依央利
 2020年 阪神・糸原健斗

 これだけの選手が経験した有鉤骨骨折ですが、骨折の後にキャリアハイを残している選手はかなりいるように感じますね。

 「握力がなくなる」「感覚が戻らない」等、いろいろな症状を聞く中で、それでも成績を残し続けるプロ野球選手は、やはりさすがの一言です。

 まさしく、「怪我と付き合ってこその一流」ですね。(これを書いている間に川端慎吾選手が復活のサヨナラタイムリーを…!!!ヘルニアは一生モノの怪我と言われる中、よくぞ帰ってきてくれました!おかえりなさい!!!)

 糸原選手も、この怪我から帰ってくるときには、一回りも二回りも成長した姿を見せてくれると期待しましょう。復帰した糸原選手と対戦する日を心待ちにしています。


4.有鉤骨骨折の予防とリハビリ

 まずは予防法について。

 これは極論なのですが、往年の落合博満さんのような神がかったバットコントロールで、一切バットを折らず、全部の球を芯で捉えることができれば、怪我をするリスクは低くなります。

 また、柔道整復師・鍼灸師でトレーナーの新盛淳司氏によると、筋肉の柔軟性を上げることと、指のウエイトトレーニングが重要だということです。

 こういったスポーツ障害を防ぐためには、あくまでも、個別的な対応ではなく、日々のコンディショニングが欠かせないということですね。

 では、リハビリはどうなのでしょう。

 リハビリでは、大きく分けて3つの部位のトレーニングをすることになります。

①前腕伸筋群のトレーニング
②前腕屈筋群のトレーニング
③握力のトレーニング

 総じて、手首・指の回りの、弱った筋肉を鍛えようという取り組みになります。手術から回復するまでは動かしたりトレーニングすることもできないので、筋肉はかなり失われてしまいますからね。

 糸原選手も、リストの強さは成績の一因としてあると思うので、時間はかかるとは思いますが、丁寧なリハビリをして、また甲子園を沸かせて欲しいですね。


5.終わりに

 拙い文章でしたが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 野球でよく言われるのは、「一日休むと、取り返すのには倍かかる」。

 休んだら休んだぶんだけ、体力が落ち、周りからも置いていかれる、そういった焦りを一番感じるのが、選手であることは間違いないでしょう。

 僕らファンができるのは、選手の帰還を待ち望み、復活を応援し続けることだけです。

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、明日の健康も保証されぬ中、野球で勇気をもらっていることは否定のしようがありません。

 少しでも、自分を育ててきてくれた、そしていまでも勇気をくれ続けている野球に、何か恩返しができないかと考え、この活動をはじめました。

 専門知識に乏しい学生の身分ですので、間違い等があれば、お手数おかけしますが、ご指摘の方よろしくお願いいたします。

 活動を応援してくださる方は、ぜひTwitterのフォローと、固定ツイートに「いいね!」をしてくださると、励みになること間違いなしです。

 若輩者ではありますが、これからもよろしくお願いいたします。


6.参考文献・記事等(列挙で失礼します)

https://baseballking.jp/ns/184516
https://www.sanspo.com/baseball/news/20200723/tig20072305020002-n1.html
https://www.sanspo.com/baseball/news/20190305/fig19030516490009-n1.html
https://www.toyoda-clinic.info/blog/injury/hamatum-fracture/
https://www.hb-nippon.com/news/38-other/25563-bsinfo20161206002
https://timely-web.jp/article/708/
https://taira-tenogeka.com/hook_of_hamate.html
http://xray-starz.com/2019/03/07/%E9%87%8E%E7%90%83%E9%81%B8%E6%89%8B%E3%81%AE%E6%89%8B%E9%A6%96%E3%81%AE%E3%82%B1%E3%82%AC-%E3%80%8C%E6%9C%89%E9%88%8E%E9%AA%A8%EF%BC%88%E3%82%86%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A4%EF%BC%89/
http://www.macstrainerroom.com/archives/1149
https://www.sanspo.com/baseball/news/20140422/swa14042205070001-n1.html
https://full-count.jp/2019/03/08/post313701/
https://www.zakzak.co.jp/spo/news/190306/spo1903060013-n1.html
https://sportsbull.jp/p/489252/
https://www.hb-nippon.com/column/523-self/13398-20190315no217self

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