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現在双子妊娠中です。(双子だと分かってから、妊娠中のリアルな体験談にたくさん助けられてきたので、その方向性で書いていきます)
まだ母子手帳も受け取っていない受診時(8週目)、医師に「双子ですね、ハイリスク妊婦ですね。これは里帰り難しいですね」と淡々と告げられ、そうか里帰りできないのは困ったなと思ったのが始まりでした。
当事者になるまで知りませんでしたが、双胎妊婦はハイリスク妊婦に分類され、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病のリスクは単胎妊婦の約3倍程度あります。
「人間の一人用の子宮に二人も入ってるんだから、そりゃお母さんの身体の負担は大きくなりますよ」と医師に言われて、妙に納得したことを覚えています。
また、同じ双胎妊婦でも胎盤や羊膜の数によって、リスク度が変わることも知りました。調べていくと、受精卵の分裂時期によって決まるようで自分の身体と得た知識がリンクしていくのがおもしろく感じました。(もちろん不安いっぱいで、多くの医学サイト、研究論文、学術ペーパー、体験ブログを読み漁りました。現代医学とインターネットに感謝)
私の場合は、二人の赤ちゃんが一つの胎盤を共有し、その間が羊膜で隔てられている、いわゆるMD双胎(一絨毛膜二羊膜双胎)でした。
そして、母子手帳をもらう段階で地域のクリニックから大学病院へ転院。難しいとは思いつつも、里帰りできますか?と確認します。MD双胎の場合、里帰り先にNICU併設の総合病院(周産期母子医療センター)があって、早い時期から経過を診てもらえるのなら帰ってもよいということでした。
それから仕事を調整し、だいぶ早めの21週目に無事里帰りを果たします(2回目の転院)。里帰りした日から出産予定日まで、まだ4ヶ月以上ありました。
里帰り後、経過は順調でした。特に二人の体重差が現れることもなく、2週間に一度の妊婦健診を終えていました。22週、26週、30週と出生した場合の生存率に応じて小刻みに目標を設定しながら、その週数を無事に迎えられたことを喜びました。空いた時間には友だちに会ったり、大きなお腹を抱えつつ1時間程度の散歩をしたり、パンやお菓子を作ったり。双子や子育て、NICUに関する本を読んだりもしました。
そして、31週目。産徴のようなほんの少しの出血があり、32週目から入院することになりました。診断名は切迫早産でした。入院初日にNST(胎児の心拍と母体のお腹の張りを診る検査)を行うと、陣痛間隔でお腹が張っていると助産師さんに指摘され、バタバタと張り止め(子宮収縮抑制剤)の点滴が始まりました。
なぜか夜になるとお腹の張りが出てきて、それで目が覚めることもありました。暗い中、何分間隔で張っているか40分程度計測します。10分を切ったところで、ナースコールを押してNSTを1時間程度行います。時には深夜3時から始まることもありました。それでも張りは収まらず、日に日に点滴の濃度が上がっていきました。(22時の消灯後、ぐっすり眠れたと思っても、まだ深夜1時。夜が来るのが怖かった)
入院4日目。エコー検査により羊水過少の恐れがあることがわかりました。徐々に体重差も出始めています。双子発覚からずっと覚悟していたことだったのに、カーテンに仕切られた病室で夕食を食べながら涙がこぼれました。まだ確定したわけではないし、快方に向かうこともあると聞かされた中で、なんで泣いているのか分からなかったけど。
入院5日目の朝。再度エコー検査を行い、症状が変わらないため近く緊急帝王切開になってしまう可能性が高いこと、NICUが満床になってしまったことを理由に転院(3回目)が決まりました。(経過を診てもらいたくて早めに里帰りしていたのに!いや、安全安心に産めるならそれが一番…)
点滴をつけているため、救急車に乗っての移動となりました。周りのバタバタとした雰囲気とは対照的に、ストレッチャーに乗せられたときの目線の高さはなんだかお神輿気分で、両親や数日間お世話になった看護師さんに見送られました。
転院先で改めて様々な検査を行い、ひとまず羊水過少ではないという診断が下りました。それから子宮収縮抑制剤をもう1種類追加し、副作用も張りも安定してきています。一日4回、胎児の心拍確認と母体の健康観察があり、看護師さんに何でも相談できる、安心して出産に臨める環境です。
3度目の転院後、あっという間に2週間が経ち、明日でようやく35週。胎動を感じるのも残り2週間かと思うと寂しいような、ようやく会えるのが待ち遠しいような。とはいえ、一日一日は長い。
幸いなことに差し入れに来てくれる両親も、連絡をくれる友だちも、同じ心持ち(いやおそらくそれ以上)で一緒に悩んで決断してくれる夫もいて、心強い限りです。
今後どうなっていくかはわからないけど、とりあえず備忘でした。