#おうち旅行 土と、雨と、時々リース。【中編】
夏の一人旅。なんてさわやかな響きだろう。
行きたい場所はたくさんあるけれど、いざホテルだ飛行機の予約だ、と考え出すと面倒で、なかなか腰が上がらない。そんな性分だった。
でもパートナーはよく言う。
「一人旅はいいよ~、旅は一人じゃなきゃ!」
ほほう。
そんなに言うならやってみようじゃないの。
結果として4年半一緒にいた彼に、触発されたのかもしれない。
やってみましょう一人旅、ということで長崎に行くことにした。
前編はこちらに。
予感
海が、広い。当たり前だ。
毎日通っている会社までの道のりが、ミニチュアの世界だったかのような気がする。
日常を離れていく予感。旅が始まったのだと、今さら思った。
小値賀という島
長崎の、2つの場所へ旅することに決めていた。
ひとつは、五島列島の北端にある島、「小値賀島」。
長崎県 五島列島の北端に浮かぶ、小さな島です。その雄大で美しい独特の景観、海岸美から島全体が西海国立公園に指定されています。 また、懐かしい日本の原風景が残る島として「日本で最も美しい村」にも選ばれています。(おぢかアイランドツーリズム公式サイト)
友人が旅の感想をSNSで書いていて、その風景写真を見て気になっていた。
リゾート感満載というわけでなく、「ただそこにある」という様子の自然。悠々と人に近づく、大きな牛。
どこか遠くに行きたくて、でも誰かの気配がある場所がよくて。知り合いが行ったことのある場所なら、ちょっとハードルも下がる。
そしてもう1つ。パートナーの実家が長崎にあった。前半2日は一人旅、後半は彼と合流して長崎を案内してもらおう。そんなふうに計画は進んだ。
島への一歩
佐世保から小値賀まで、フェリーだと3時間。民宿の夕飯をちょうどおなかの空く時間にいただきたかったので、今回は高速船で向かった。
「おぢかアイランドツーリズム」の事務所もある、小値賀港ターミナル。
高速船から眺めた空より、少し晴れている。夕暮れのにおいもする。
予約していた民宿「千代」の“千代さん”が迎えにきてくれていた。
繁忙期の一人予約なんて迷惑じゃなかったか…と気にしていた私、この千代さんが営む民宿に、結局3日間、滞在することになる。
車でターミナルを出て、10分ほど。
お宿に到着した。
出張とちがって、完全に楽しむためだけのスケジューリングは、思ったより疲れる。楽しむことに慣れていないのだろう。「旅はいいぞう」といつも言う彼が羨ましくなる。
おいしいご飯をもりもりいただいて、その日はよく眠った。
旅の朝
翌朝、目が覚めて不思議な感覚に襲われる。
ここはどこだろう。
そうだ、一人で小値賀島に来ているんだ。旅をしているんだ。
冗談みたいに記憶がぼんやりしている。
顔を洗って身支度をすると、急に鼻がきき始めた。
「朝ご飯できてますよ~」
千代さんが腕をふるってくれた朝ご飯が、綺麗に並んでいた。
洋風かな?と思いきや、ハムなどの朝食おかずのほかに、小鉢もある。メインは焼き魚だったような気が。写真を取っていなくて、きちんと覚えていないのだけれど。
おいしくいただくうち『旅をしているんだなあ』とまた感覚が戻ってきた。
思わぬ出会い
千代さんに見送られ、観光に出かける。まずは島の全体像を知らねば。
昨日千代さんが迎えに来てくれた場所、小値賀港ターミナルへ向かう。
中に入ると、観光客と思しき人々がおみやげ品を見たり、パンフレットを広げたりしている。
私は“おぢかアイランドツーリズム”の窓口へ向かう。
「あの、今日は島をみて回りたいのですが。サイクリングはできますか?」
スタッフの方が、笑顔でてきぱきと説明をしてくれる。
「どちらからいらしたんですか?」
「あ、神奈川からです」
「神奈川のどちらですか?」
「あ、〇〇というところで…」
神奈川の先を聞かれると思っていなくて、言いよどんでしまった。
するとその若いスタッフの方から思いがけない言葉が。
「えっ、私も〇〇ですよ!」
ええっ?
「どのあたりですか?私は△△のほうで…」
めちゃくちゃローカルな地名が出てくる。
「私は☆☆のあたりです…!!」
「あっち側か~、私はもうこっちに移住してるんですけど、地名を聞くと懐かしいですね」
なんということだろう。五島列島の北端まで旅行に来て、まさか同じ県内の同じ市区町村出身の方に出会うとは。
不思議なものだ。「知らない土地」で「知っている土地」を少しでも共有している人と出会うと、とたんに世界が丸みを帯びているように感じる。
いや、現に地球は丸いのだけど。
そっか、移住してこの島に住んでいる人だっているんだ。
旅という“非日常”が始まったつもりでいたけれど、この島で“日常”を過ごす人々のことが気になってきた。
お借りした自転車をひいて、建物の外に出る。
まぶしい光が出迎えると思いきや、今日もあまり晴れてはいない。
でも、どんな天気だっていいのだ。
曇りは曇り。
この島の景色を、
今日の空気で味わいにいこう。
自転車にまたがった私は、まだ知らない小値賀の日常を探しに出かけた。
(後編につづく)
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