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イワンのばか@芸術文化観光専門職大学

豊岡で、ロシアの民謡「イワンのばか」を観劇した。劇作家・演出家の永山智行さんが、芸術文化観光専門職大学の学生へ書き下ろした、市民劇風のオリジナル作品である。

場内には、廻り舞台が置かれ大木の隙間からは木漏れ日が差し込み、穏やかな空間が広がっていた。驚くことに、字幕モニター付きだ。はじめに、これから舞台に立つ"名も無き者"ら十数名の挨拶を終え、さあ、今日も彼らの生活が始まる。

あらすじは以下の通りだ。
ある国に、農夫のイワンと、その二人の兄である軍人セミヨン、商人タラスが仲良く暮らしていた。それが気に入らない 老悪魔は三匹の小悪魔と共に、あの手この手で兄弟仲を引き裂こうとする。二人の兄は、まんまと罠にかかってしまうが、しかしバカで正直者のイワンはなかなか誘惑に引っかからない。そんなある日...

一番印象に残ったのは、イワンをはじめとする村人の純粋さである。老悪魔の策略で徴兵か死刑かを迫られたときも「それならええよ」と受け入れ、働かない将軍(老悪魔)が空腹に倒れたときも食卓へ歓迎する。一見自分たちの未来を推測できないバカに見えるが、そうではない。彼らはまるで、他人に与えることではじめて与えられること知っているようだった。
イワンのばかは、誰かのための利他が、巡り巡って自分にも返ってくると教えている。出演者を見ても、お世話になった人のため、観客のため、物語への献身性が全員の演技に乗っていた。なんとも美しい演劇だった。

また、イワンのばかを通じて文豪レフ・トルストイが理想とする国家を垣間見ることができた。その理想は、イワンの行動に色濃く現れている。彼は、命乞いをする小悪魔から万能薬、兵隊、金貨をもらったにも関わらず、必要以上に乱用することはなかった。それどころか、自分のためではなく兄弟や隣人が求める分だけ分け与え、万人の欲するところを許す次第だ。さらには一国を収める王になった後も、変わらず畑作業に勤しみ、困窮する者を養うことを決して厭わない。
トルストイはロシアの生まれだが、彼の描く世界はまさに老子の唱える「小国寡民」を彷彿とさせる。

「国民が自分たちの生活に満足していれば、食事や服、住まい、習慣に満足し、隣国が近くても他国へ行こうと思わない。そのため、他国と比較して自分たちにないものを欲しがったり、妬んだり、領土を拡大したいという欲求が生まれない。こうした世界が理想である。」

一時の欲望に駆られることのなく、まずは現在の生活に満足していることが、争いのない平和な世界への第一歩なのかもしれない。2500年前の東洋道徳を19世紀のロシア民謡から読み取れることにとても感動した。

登場人物が抱える本心と原作者の理想とする世界が、原作を舞台に起こすことでより一層読者へと伝わる、イワンのばかはそんな物語だ。何度でも見たいと思う作品だった。

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