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『生殖の海』第五章 「目を開けて」
『生殖の海』第五章 「目を開けて」
橘のにほふあたりのうたゝねは夢もむかしのそでの香ぞする
XEBECの安全靴の紐きゆつと締むガテン系女子の血よ燃え上がれ
恋はいさラチェット捌く系女子はオクタノルムを組みバラすなり
だゞつ広いホールにブース建てゝゆくこの工程がなによりも好き
天板を跨ぐそれとは反対の脚より五尺脚立駆け上がりゆく
計三社わたり歩いて身を寄せたずつと愛せる場所をもとめて
一社目の上司と違ふ芦沢はちやんと見る気で我れを拾つた
下端(したば)組むことを地組みと呼ぶこともこの会社にて知る三年目
どつか他社でやつてゐたのと聞かるればえゝあなたよりずつと前から
客対応につれづれなればおのづから考へ事が七五にぞなる
装飾、看板とか、いや興味ないオクタノルムを組みバラしたい
あたしにもわかる企業の金が動くあたしの建てたブースのなかで
手元への指導しばしば任さるゝがあたしは組んでバラしたいのだ
※システム部材を組む「組み手」の補助たるべき役割。
社交的だとか人には見られたり笑顔つてまづ便利だからな
身に相応ふそれを求めてさまよへばこゝも好きだが合はぬ鍵穴
どこにゐても馴染みきれないあたくしはけふも仕事を愛すひたすら
いつか又こゝを去るときさいごまでひとりだつたと思ふのだらう
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五月雨にむかしの袖の香を強み目を開けて見る夢振り払ふ
パシフィコもビッグ、メッセも海風の吹き交はす場所 夢がちぎれる
ショートヘアにこだはつてゐたあの比は我れのをんなを舐めきつてゐた
アイシャドウかへても誰れも気づかない職場だ深くメットをかづく
おぼつかな子宮を抱へ生きてゐるさうどこまでもどこまでも、海
脚立より見はるかすとき五月雨の混じる潮の香を嗅ぐ うたかた
鳴きつるか夢路を越ゆるほとゝぎす雲ゐの果ての夏山のいろ
橘はさ庭にとほく匂ふらしこの比あさき朝あけの夢
「夢で逢えるだけでよかったのに愛されたいと願ってしまった」
認められたいと願つてしまつた日荒れ野に狂ひ咲くあげはてふ
芦沢の笑みをゑみとはみづぐきのかへらぬ時をしづのをだまき
このメンツならばあたしも組み手だとわかる現場にをどる足取り
まづ動くからだに思ふ仕込みよりバラしはマジのセックスに似る
クライアントごとに台車は体重のかけ方変へて押すネタ場まで
とほくから愛してゐたいひとだから君に背を向け去りし夕暮れ
かき曇る空を車窓にながむれば五月雨雲を鳶裂きて行く
暗がりにたゞいまと言ふ優しかつた比のあいつがおうとうなづく
マヽよりのそらみつヤマトクール便に手づくり惣菜届く二十時
好きなひと以外と結婚するなんて妥協だマヽのチキン南蛮
こゝろもち熱きシャワーに流しゆく汗と怠さと月経血と
さういへば青あざの増え覚えなき切り傷もあるガテン系女子
左膝より破れゆく茄子紺のカーゴパンツがぶかぶかになる
芦沢のゐない現場は平和だと笑ふ原井にわらひかへして
あいつマジで無理だよなあと言はれたり違ふ、あたしの橘の花
期待とかパワハラだとかざけんなと怒りを怒ることもできたか
はかなしや身をうき草のねなしぐさは漂ふビッグ、メッセ、アリーナ
二十四のあいつのマヽと同い歳の彼女と知りぬけふはパシフィコ
幸子さんの腹がいまさらとは思ふだけど彼女で芦沢と寝る
あたしより可愛い女子もさらぬ子も誰れかの彼女セックスをする
影山が岩井になつてゐたと知り微笑んだんだつけ、五月晴れ
あれほどの美人ならばとぬばたまの黒瀬の彼女に妬きもせぬ我れ
穏やかで色気もあるのつゆしもの秋野に育てられてゐたなら
聞こえないふりをしたのだ惚れてたのかとうち日さす宮垣が問ひ
まづ使はぬもの持ち歩くウェットティッシュとかゴムとか子宮とか、とか
平台車に片膝乗せて地を蹴ればあいつのゐない芦の根の世や
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息を吐きひたひを拭ふ午前二時月経血の止まりもやする
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脚立置く位置地組みの癖世々を経ておまへのくれたすべてを愛す
五月雨に消つとも消えぬ匂ひ濃き見えぬ影さへ見ゆる橘
五月雨のやがて去るべき空仰ぐ目を開けて見る夢のつゞきを
濃き色のブラウンアイシャドウが欲しい五月雨明けの影のまばゆさ
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『生殖の海』目次
序章 にほふマルボロ
第一章 のぼる煙
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底の死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて
この章の解説記事
PS.
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