歌集『母となる』 終章「夢の浮橋」～『生殖の海』2024年版～

歌集『母となる』 終章「夢の浮橋」

花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで

後鳥羽院宮内卿

春霞結べばとくるあかつきの空にほのめくさゞなみのいろ

咲き盛る花かつ落ちて天霧あまぎらふひとゝきの春よひとゝきであれ

修羅の道を思へばとほく来たりけりなべてあはれと見ゆるほどまで

朝も夜も比良の山より影ふりて舟の分けゆく春のしかばね

まだ浅きおぼろ月夜の花のもとにかくれつゝゆく春の肉体

十重とへはたへ肉体のへに積みに積む花のしかばね春のしかばね

この頬は肩は我が知るそれぞかし白妙の花の海に横たふ

マルボロに馴れてひさしきくちびるは花の嵐にうづもれにたり

掻き抱く肩よりにほふ匂ひより霞に暗くるゝ春のあけぼの

君と我が隔てとしての肉体のかたさ脆さにゝほふしかばね

越えられぬ死といふものを見過ぐせばかたへに影ぞ笑むばかりなる

あらぬ世に見る夢としてうつせみを死にびとはみるとこしへにみる

墨染めの花散りぬべきゝのふけふほのぼのうつる君がしかばね

遥かなる雲のなごりに舞へ桜あらしにゝほふ春ぞあけぼの

さそはれて舟にこがるゝ白妙の志賀の水面をあらふ浦風

死出の山に君に触るべき風も哉がな世と世の隔て我れに告げこせ

ひさかたの空かき暗くらしふる雨のすゑぞゆかしき立ち尽くす身に

とこしへに春とおぼゆる世は暮れておなじと見えぬ春来たりけり

ひむがしの山のあなたも我が庭もほがらほがらと匂ふ夕暮れ

いはゞしる雪げのみづのおと冴えてうぐひすを呼ぶ風立ちぬなり

峰の雲風にならひて花の比ころはいよいよちかく濃く見ゆる影

浮き雲の空のあなたに煙けぶり立てばひかりを添へて風吹きわたる

うき橋の絶えてひさしき明け暮れに未まだ峰を見る春雨のふる

うちなびき春風わたる草の原に覚めなば君を誰たれとかは見む

とほざかる花のなごりの高嶺より暮れ色になる雲の白妙

吹きぬやと空を仰げば雨となり匂はぬ風にゝほふマルボロ

ながめやり伸ぶる右手めてよりむらぎものこゝろに結ぶひとはマルボロ

面影はとほくなりゆく草原ゝさはらにふたゝび立ゝぬ風はマルボロ

梶間和歌歌集『母となる』 ～『生殖の海』2024年版～

梶間和歌歌集『母となる』

序章　にほふマルボロ
第一章　松の緑
第二章　まよふうたゝね
第三章　レモンのマドレーヌ
第四章　明けぬ夜の闇
第五章　海の辺の女
第六章　及ばぬ高きすがた
第七章　露のあけぼの
第八章　草枕
第九章　母となる
第十章　水鳥のつばさ
終章　夢の浮橋

出典

2024年版にはあとがきを用意しておりません。
2020年版のあとがきを無料公開しておりますので、そちらをご覧ください。

過去の『生殖の海』

2020年版『生殖の海』

2021年版『生殖の海』

2022年版『生殖の海』

2023年版『生殖の海』

紙媒体の『生殖の海』2020年版

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ツアーには無事参りましたが、その後の生活もございます。お気持ちとお財布事情の許します方に、ぜひともご支援を頂けましたら幸いです。

ツアーの様子はこちらのマガジンで連載して参ります。どうぞお楽しみに。

今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。

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