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ハイスクール・オーラバスター番外編「卒業ライセンス」【無料記事】

初出 2022/4発行ペーパー「20220417感謝祭」

無料公開です。
※都合により予告なく公開終了することがあります。


卒業ライセンス


 妖者狩り、手伝ってやろうか、と和泉希沙良が言った。物好きな、と水沢諒は思った。
「春休みで時間あんだよ」
「きみは大学生になるので忙しいのでは」
「てか金が要るからバイトさせろ。冴子に請求書出す」
「グリーン車にでも乗るんですか、京都行きの新幹線」
「分相応な金しか遣わねえよ」
「でもどうせ『のぞみ』なんでしょ」
「おまえだって教習所でBMW乗ってんだろ」
「俺が乗っているのは教習車です」
「免許買えるだろ、冴子の力で」
「それ実質無免許運転で怖いからね」
 その実質無免許運転を堂々とおこなっていた人物を諒はひどくよく知っているので、少し黙る。神と凡夫を同じ秤にかけてはならない。危うげなくそれどころか高潔ささえ漂わせてハンドルをきる彼の手つきをひどくよく憶えているから、胸の透明な傷が痛むが、どこか誇らしくもある。
「運転うまくなりたいんですよ」
「フーン」
「俺、タクシードライバー似合うでしょ」
「いや似合う似合わねえの基準わかんねえけど」
「いろんなひとと会えて、実益につながる仕事かなと」
「おまえがやってて幸せなやつがいいんじゃねえの」
「きみはなんだかんだ言うて優しい子だね」
「そりゃそうだろ」


 六本木に聳えるマンションの九〇七号室に、慣れ親しんだスニーカーの足音が、とぼとぼと踏みこんできた。とぼとぼと。あまりに如実に露骨に落ちこんでいるので、なにかの芝居か罠か、と七瀬冴子は待ちうける。
「冴子さん」
「なによ」
「仮免の学科試験に落ちました」
「……ほとんどのひとは受かるんじゃなかった?」
「油断大敵でした。俺これでも優等生だったので試験に落ちる習慣がないんですよ。慰めてください」
「…………。膝枕でもすればいいの?」
「素敵ですねえ」
 苦笑いしてリビングルームに踏みこむ諒の肩から、淡く白い桜の欠片が零れ落ちる。春の音楽を奏でるように。





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若木未生(小説家)
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