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ハイスクール・オーラバスター番外編「半分の翼」【無料記事】

初出 2023/8発行ペーパー「EXPO+(エクスポプラス)」

無料公開です。
※都合により予告なく公開終了することがあります。


半分の翼


 鰆の西京焼き、茄子の揚げ浸し、豚の生姜焼き、冷や奴、ほうれん草の和え物、蓮根のきんぴら、とろろ、あさりの味噌汁、十六穀米、千枚漬け。
 その晩、自由が丘にある里見家の食卓にならんだ献立は、こんな具合だった。
 希沙良は微妙な表情を浮かべる。
 嬉しくないかといえば、嬉しい。
 好物ばかりだ。
 しかし、多忙な大学生である里見十九郎――連休で京都から帰郷中――が作ったにしては、一品一品の見た目のクォリティが高すぎる。料亭レベルなのだ。
「おまえなにか悩んでないか?」
「そんなに心の乱れが表れてるかな」
「いや、そうじゃなくてすげえ美味そうだけど、がんばりすぎだろ」
「きんぴらは母君が作った。きんぴらに関しては、なかなか勝ち目がない」
 十九郎が言う。その夏江は仕事中なので、この手料理をふるまわれるのは希沙良ひとりだ。
「手は尽くしているが、気負ってはいないよ。家庭的なメニューのつもりなんだけどな」
「まあ、毎日食いてえやつだけど……。いただきます」
 希沙良は行儀よく両手をあわせ、箸をとってまず茄子をひとかけら口に入れる。新鮮な茗荷と青葱と鰹節の芳香がひろがり、出汁をふくんだ茄子が舌にとろける。
「美味い」
 希沙良が思わず瞼をつぶって言うと、正面に座る十九郎が、安堵したように微笑んだ。
「よかった。希沙良に食べてほしくて、練習したんだ」
「おまえ本当に俺にもの食わせるの好きな」
「それほど限定的な『好き』じゃないよ」
「ああ。そうか。十九郎は俺が好きなんだよな」
「うん」
 十九郎が素直に頷く。
 希沙良はちょっと黙り、味噌汁を一口飲んだ。あさりの滋味が深く沁みてくる。
「……おまえが京都でひとりで料理してるの想像すると、けっこう寂しくなる」
「俺は楽しいよ。好きなことをさせてもらってる」
「そうか。だよな。十九郎は俺も京都もどっちも大事なんだもんな」
「うん」
 十九郎が、再び頷いた。
 疚しさは、ない。
 現実を現実として認めるだけだ。
「一挙両得を望みたがる、勝手な人間なんだよ」
「俺も俺の勝手にしてるだけだからいんだよ。……なあ、一個ワガママ言っていいか?」
「俺が昔からどんなに希沙良の我儘を聞きたがってきた人間か、十八年ぶん遡って話そうか?」
「重い」
 希沙良が唸る。
「十九郎めんどうくせえ!」
「自覚はあるよ」
「自覚してねえより悪ぃだろ」
「だから、その自覚もある」
「だよな」
 溜息をつき、豚の生姜焼きに噛みついた。快い生姜の刺激を伴って上質な肉が柔らかくほどける。がつがつと咀嚼してから、希沙良は言う。
「俺の入学祝い、何が欲しいかって訊かれて、まだ決めてなかったろ。俺、ピアスが欲しい。片方だけな。俺はおまえに貰ったピアスつけて東京で暮らす。おまえは、残り半分のピアス持って京都に戻る。――それって、なんか糸電話の端と端を持ってるみたいだろ」
 希沙良の提案に、十九郎はやや瞠目した。
 そして唇をとざし、淡く笑んだ。
「希沙良はロマンティックな子だな」
「知らなかったのかよ」
「そうだな、たしかに俺は昔から知っていたよ」
「だろ」
「いいよ。明日、一緒に選びにいこうか」
「店員さんに、俺とおまえでピアス半々にするって説明したら、意味わかんねえって思われるかもな」
「そのときは、『そういうことをする従兄弟なんだ』と言うよ」
「そういうことをする従兄弟」
 そのフレーズがツボに入った。希沙良は食卓に突っ伏して、ひとしきり笑った。すこし涙が出た。
 十八年ぶんを遡っても、これからの未来を見晴らしても、言葉なんて足りない。
 そういうことをする、という程度の曖昧さで、充分だ。
「希沙良」
 十九郎が瞳を伏せて言った。
「ありがとう。糸電話、大切にするよ」
「しろよ!」
 偉そうに希沙良は答え、十六穀米を口に運んだ。至極、幸せな気分で。



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若木未生(小説家)
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