XAZSA番外編「三月にきみを待つ」【新作/無料記事】
らくがき的な掌編。無料公開です。
昔とおなじ文章(ノリとテンション)が書けないので、けっこう印象が違うと思います。すみません。令和版XAZSAです。
※都合により予告なく公開終了することがあります。
三月にきみを待つ
真っ青な空に七分咲きの桜が映えていて。
仰げば尊し、の旋律が天にのぼっていく。
卒業式で泣くほどまっすぐな心の持ち主じゃない。
ただ砂夜子の好きな花だったなと思う。
校舎を囲む桜の枝は、黙って南風にゆれている。
「早水先輩、卒業おめでとうございます!」
式のあと、サッカー部の後輩たちが三年の教室におしかけてきて、口々に言う。俺は基本的に帰宅部だったが、ときどきサッカー部の助っ人をやっていたので馴染みがある。
「制服のボタンください、お守りにするんで!」
「俺も!」
「俺も!」
勢いがすごいんで、俺はあとずさる。ここ男子校だよな。私立祥英高等学校。
「なんのお守りだよ」
「シュートが決まるお守りっすよ! 早水先輩のなら御利益あるでしょ」
「いいけど第二ボタン以外な」
「えっ」
後輩たちが一斉に固まった。
「いつのまに彼女つくってたんですか、めちゃくちゃショックなんですけど!」
「いつっていうか……うまれるまえからか? 彼女じゃねえけど」
「なにそれ、親同士の決めた許嫁とかですか」
「いや、そういうんじゃねえよ! だから彼女とかじゃねえし! なんでおまえらにショック受けられなきゃなんねえんだよ」
「早水先輩には高嶺の花でいてほしいんですよ!」
謎の理屈でせまられた。
「よくわかんねえけど俺モテねえから心配すんな」
学ランのボタンをちぎってそれぞれに手渡すと、「自覚がないって怖い」と嘆かれた。
残念ながら本当にモテないんだよな。
『家族』が濃いからな。いろいろ。
人間になりかけのやつがいたり。
ギタリストに戻ったやつもいたり。
あいつらの相手してるとモテてる暇がない。
「真砂、校門で京平さんが待ってる」
窓の外を見た相楽が俺に教えてくれた。え? あいつ来てたのか卒業式。
朝、そんな話は全然してなかったのに。
校門の横に京平が立ってる。
保護者ぶったブラックスーツに、ネクタイまで締めて。
片腕に花束を抱えていた。
真っ白い薔薇のなかに桜の枝が混じった花束。
ああ。砂夜子は白い花も好きだった。俺はそう思いだす。
相楽に、じゃあ次は大学でな、と声をかけた。相楽とは、学部は違うがおなじ大学に通うことになった。ありがたい。
卒業証書の筒と鞄をつかんで、かなりのスピードで校舎の階段を駆けおりた。昇降口をとびだして、校門に走っていった。
「予告なしで待ち伏せすんなよ!」
俺が言うと、ふふっと京平が笑った。
「卒業おめでとう」
「おー。これでおまえも俺の保護者卒業だな」
「どうかねえーそう簡単にいくかねえー」
「疑問を挟むな」
「真砂くんも一緒に行くよな、お墓参り」
「第二ボタン持っていく」
「ははは!」
愉快そうに京平がまた笑った。
春の太陽が、澄んだ薔薇の花弁を光らせてる。
「そんなこったろうと思った。シスコンだからなー、真砂くんは」
「京平だって妻コンだろ、その花束。卒業式に持ってきといて、俺には寄越さねえんだろ。紛らわしい」
「『ツマコン』ね」
薄く唇の両端をひきあげて、そうだねえと京平が言った。
「この花束で、妻にお礼を言いますよ。『頼りになる弟をありがとう』ってね」
「花束一個で済むと思うなよ。京平の弟やるの、マジで大変なんだからな」
「一生言えばいい?」
「……てめえ重たい」
「今更知ったか。ざまをみろ」
京平が得意げに言う。むかつく。
「京平」
「はい」
「ちゃんと俺を大人にしてくれてありがとう」
砂夜子がいなくなっても、俺のそばにいてくれた。そのことの礼を言った。
「生意気な」
顔をしかめて京平が唸った。視線をそらした。
「まあ、聞いておいてやるよ」
「京平いま泣きそうになってないか?」
「花粉症花粉症。さあ、行こうか。我々の最愛の女神のところに」
京平はわざとらしくくしゃみをする。それから、踵を返して歩きだした。
左手の薬指には指輪。
一途な男。
マジで重たい。
砂夜子。
よかったな。
俺は爽やかな酸素を吸いこみ、花の香りのあとを追う。
「けど、花は墓地の近くで買えばよかったのに。ここ立川だぞ」
「やってみたかったんだよ、卒業式の日に花束抱えて校門に立つの」
終
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