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アンパンマンの「孤独」

みなさんもご存知でしょう。「アンパンマン」。
やなせたかしさん原作で、藤子・F・不二雄さんの「ドラえもん」と双璧を成すと言っていい人気キャラクターです。

オープニングソングも準じて有名で、聞いたことがある方も多いと思います。

最近気が付いたのですが、歌詞を書き出してみると「勧善懲悪」とはどのようなことか、英雄が故の孤独感や寂しさがにじみ出ている歌だったんです。

ちょっと書き出してみましょう。

「アンパンマンのマーチ」

作詞:やなせたかし 
作曲:三木たかし 

そうだうれしいんだ
生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!

今を生きることで
熱いこころ燃える
だから君はいくんだ
ほほえんで

そうだうれしいんだ
生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも

ああアンパンマン
やさしい君は
いけ! みんなの夢まもるため

なにが君のしあわせ
なにをしてよろこぶ
わからないままおわる
そんなのはいやだ!

忘れないで夢を
こぼさないで涙
だから君はとぶんだ
どこまでも

そうだおそれないで
みんなのために
愛と勇気だけがともだちさ

ああアンパンマン
やさしい君は
いけ! みんなの夢まもるため

時は はやくすぎる
光る星は 消える

だから君はいくんだ
ほほえんで

そうだうれしいんだ
生きるよろこび
たとえどんな敵が 相手でも

ああアンパンマン
やさしい君は
いけ! みんなの夢まもるため

お分かりいただけたでしょうか?

声に出して読んでみましょう。涙が出てきませんか?

よく考えてみると、アンパンマンそのものが絶対的な存在です。

僕は憎めない「ばいきんまん」の方が好きで、「アンパンマンは鉄拳制裁するからキライ」という強い信念(笑)をもっていたので、正直なところアンパンマンに対する評価は高くありませんでした。
「なんだよ、ばいきんまんも一緒に遊びたいだけじゃないか!仲間に入れてやれよ!」ってな感じです。

でも最近は変わってきました。彼は自分の顔を「与え」ます。そして自分は食べません。自分の顔が汚れて力が出ないときは、恥も外聞もなくジャムおじさんに助力を乞い、武器も持たずに「悪」とする者に正当に立ち向かいます。まさに「勧善懲悪」の象徴なのです。

ばいきんまんを毎週毎週必殺のパンチで彼方に追いやりますが、致命傷は負わせず、復活の余地は与えていますし、「殺さず」という点では評価できます(笑)

作者のやなせさんもインタビューで「なぜすぐにばいきんまんをアンパンチでぶっとばさないんですか?」という質問に、
「ばいきんまんの悪事をとめるのが目的で、やっつけることが目的ではないからです」と即答しています。

そんな彼、アンパンマンの内側はどんな思いなのでしょう。それが「アンパンマンのマーチ」に現れているのではないでしょうか?

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!

そうだうれしいんだ
生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも

ねえ、アンパンマン、君は幸せかい?

会うことがあったらそう聞いてみたい。


埋もれてしまっている宝石がたくさんあるように思います。文化だったり、製品の場合もあるけれど一番は人間の可能性です。見つけて、発信してよりよい世界を共に生きましょう。