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転がされてる、ころころと。それなのにこの心地よさは

季節はめぐり無事に結婚式や家族旅行等目まぐるしい非日常が終わりましたよ、お二人はお元気ですか?

以前碧ちゃんが東京に来た時、ドトールで語ったように自分がまさか結婚するなんて思わなかったし、指輪を買ったり、挙式をするなんて思いもよらなかったです。そういう形式の型にはめられることに対してひどく抵抗があった私がなんのはずみか転がりはじめ、あれよあれよと進んだ事の顛末と今の気持ちを2人にあてて綴らせてください。

■リングはなぜリングなのか

一緒にいる時間が心地よいならば、この関係を保存するため"結婚"という意味付けをしてもいいのかも。そう思って結婚に乗り出して、まず最初の関門が結婚指輪でした。付ける意味がさっぱりわからない、しがらみの象徴のようで生理的に受け付けられない対象でした。結婚指輪の起源やつける意味・メリットを探したけれど腹落ちしない。だからパートナーにも「つけたくない」と説得してました。

ただ、ふと。園部悦子さんが審査員を務めるコンテストの作品たちを観た時に、こんな思想をもつ彼女の作品を購入すること、身につけることは幸せだな。そういう出逢いがあったことで、いまなんとか素晴らしいリングとともに結婚生活の体裁を保てています。

■結婚式とはなんなのか

ドレスを着たい!そんな乙女の願望は多分小学生くらいで消え失せていて、自分が中心となるイベントを開催する、注目される重圧のほうが勝る気持ちの中、「両家の契り」「育ててくれた家族のため」を名目とした結婚式を開催する心づもりをしていました。(私の場合、育った環境上、結婚式を開催しない選択肢は残されていなかった心境だったことを記載しておきます)ただ、どうにも私自身のWant(願望)がないので進まない。そして厄介なことに、信念に背くようなダサいことはしたくない。天の邪鬼な私を攻め立てる日々に"結婚"を甘くみていた。もう逃げたい。そう思っていました。

そんな日々の中、逃亡した経験のある唯一の場所、シアトルへの想いが募ったのは当然で、だったらシアトルで結婚式を開催したい。そんなアイディアが降りてきたことは今思えば必然だったのかもしれません。ただ、「シアトルで結婚式をする」と口に出したときは、名案を閃いた興奮が体中を駆け巡ったことを覚えています。

逃げているのに真正面から向き合っているような感覚。結婚式場をシアトルに設定した瞬間、いくつかのしがらみから開放されて、自分のやりたいこととやりたくないことの感覚が研ぎ澄まされていきました。

「注目されたくない」から旅行のきっかけとして出席してほしい。
「両親には感謝を伝えたい」からお金は家族の旅行費にかけたい。
「指図は受けたくない」から自分で全部決めたい。

両親や友人を巻き込んだ私の逃亡劇は結果として、人生のすごく大切な日、結婚式の日として幕を閉じ、おかげで結婚生活の体裁を保つことができました。

■ハネムーンはいまだ形をなさない

余談ですが、結婚式と家族旅行を終えたあと、1.5週間ほど余剰の時間を取って毎日劇物を注射するようなNewYorkで眠らない日々と、シアトルでなにもせずただ生活する日々をパートナーとともに過ごしました。こちらを私の中ではハネムーンと呼んでいいのかは未だ咀嚼ができていません。

というかハネムーンって「結婚してからの一ヶ月間」らしく、何もしなくても自動付帯するもののようです。ただ、他者から「ハネムーンはどうだった?」と聞かれたときには、上記1.5週間で起こったことを話そう。くらいに思っています。たぶん、認識が合うと思うので。

■天井をみつめながら思うこと

ころころころころ、だいぶ転がされているよね。ただ、寝る前や起きた時、最近はなにも考えずに天井をみつづけることができるんです。これを思考停止と呼ぶのか心地よいと呼ぶのか。

感情の起伏がまた出てくるときには、また3人で集まれるといいよね。

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