静かに過ごしたい私 VS 活動的な夫
以前の記事でも少し触れましたが、私と夫の趣味趣向は全くといって良いほど合いません。
夫は活動的で賑やかなものが好きで、趣味はスポーツ観戦で、お出かけが大好き。
家にいる時は、音量を上げて、テレビやYouTubeばかり見ています。
一方の私は静かで穏やかなものが好き。
こうして文章を書いたり、本を読んだり、音楽を聴いてぼーっとしたりする時間が好きです。(コーヒーがあると最高です。)
カフェで二人で読書する、なんていうデートに憧れますが、夫とは不可能だと諦めています。笑
ひとつ屋根の下で暮らしていますから、職場にいる以外の時間のほとんどを一緒に過ごしています。
そうすると問題になってくるのが、この趣味趣向の違い。
部屋が複数ある家に暮らしているとはいえ、常にお互いの気配は感じますし、物音は筒抜けです。私が静かに音楽を聴きたくても、夫の見ているテレビの音がどうしても耳に入ってくるわけです。
・・・と、ここまで書いて気づきました。
私は趣味趣向の違う夫と一緒に、お互いが心地よいと感じられる時間を過ごせたとき、大きな喜びを感じているということに。
例えば、最近は私もスポーツ観戦に少し興味が出てきたので、一緒にサッカーや野球の試合を観ています。音量を上げなければ、私でも楽しめます。
また、逆に夫もコーヒー好きになり、私の淹れたコーヒーを飲みながら会話する時間が大好きです。
夫の人生に縁のなかった美術館に付き合ってもらったこともありました。
「価値観が違うから面白い」みたいな言葉がありますね。
だけどそれは、努力の上で成り立つことのような気がしています。
特に、夫婦のような、たくさんの時間を一緒に過ごす関係性の中では。
別々に過ごす、という選択もありますし、実際私たちも四六時中一緒にいるわけではありません。(今は夫と違う部屋でこれを書いていますし)
だけどやっぱり、やりたいことが違うからといって夫と一緒に過ごさなくなったら、何かが変わってしまうような気がしています。
趣味が違うなら、一度相手の趣味を体験してみるといいかもしれません。
もしかしたら、自分が楽しめる要素を見つけられるかも。
もちろん、どうしても合わないものを無理に続ける必要はないと思います。
「我慢」が続くと、それこそ関係性が変わってしまいそうですからね。
「我慢」ではなく「擦り合わせ」が大事な気がしています。
「私はこんなことが好きなんだよ」
「あなたの好きなことを一緒に体験してみたら、こんな良いところを発見したよ」
「これは一緒には楽しめないから、私は遠くで見ているね」
そんなメッセージを伝えあえる夫婦でいたいと思うのです。
夫の協力なしでは成り立ちませんが、自分はそういうい気持ちを忘れたくないと思います。
あ、でも・・・
一人で好きなことをして過ごす休日もたまにはあってこそ、できることなんですけどね。