悲しみを湛えた瞳の奥底
先日のデートは
遅くまで一緒にいた。
【もう少しいられる?】
【まだ一緒にいたくて。】
【もう少し話したい。】
いつもあまり
感情を表に出さない人だけれど
その日は新たなYuをたくさん知った。
14時の待ち合わせ
駅の改札を出てきたYuに
紙袋を渡された。
【お土産】
ボソッと言う。
Youはその前の週、地方に戻っていた。
就活中の友人に
─就職先が決まるまでと─
貸していたマンションが空いた
ー友人から、"仕事が決まり出ていく"と連絡があったー
ので
ようやく解約できることになり
荷物の整理に帰ったんだけれど。
この友人のために彼は、
今住んでいるこちらのマンションと
この地方のマンションとの
2ヶ所のマンションの家賃や
維持費を払ってきた。
帰ってみると、
冷蔵庫、電子レンジ、カーテンなどが持ち去られており
スーツは破れて床に放置され、
ソファは壊れ、
部屋は荒れ放題のゴミ屋敷と化していた。
その日、Yuから送られてきた写真を見たとき私は、
【空き巣?】と返信をしたくらいだ。
とても大きなショックを受けたことと思う。
その部屋の荒れ様もそうだけれども
友人、と思っていた人に裏切られたのだ。
警察へ行ったが
ーその友人は窃盗や置き引きの常習犯で
別の窃盗事件で勾留の身だったためー
結局Yuは泣き寝入りするしか無かった。
荒らされた部屋の掃除をし
彼はこちらへ戻った。
そんな折りに
私のために
お土産を携えて帰ってきてくれたことが
私は嬉しかったし
悲しかった。
それともう一つ
お土産の袋の中に
書籍が入っていた。
【わかばの仕事に
役に立つかなと思って。
俺も読んだんだ。】
男性に本をプレゼントされるのは
小池真理子の【モンローが死んだ日】以来
9年振りだ、と、
記憶を巻き戻して
ぼんやりと想う。
男にもらうものの中で一番グッとくるのが
本。
掴む人だ、と思った
その日もまた私たちは
イタリアンレストランに行った。
ー最初のデートも
二度目のデートもイタリアンだったし
ーこの前日も私は、大切な友人たちと
イタリアンでランチをしたんだけれどもー
暗くなるまで話をした。
二人ともに饒舌。
話は尽きず
笑いも尽きず
【この間、
わかばに似合いそうなブランド見つけたよ】
などと言って
目の前にいる私にURLを送ってくる。
店を出て
ファッションビルへ
私の新居に置く
カウンセリング・テーブルや
工事の要らないWi-Fiなどを見て回った。
Yuは私の先を歩いて
お店のスタッフに話しかけ
時々振り向いては嬉しそうに
ニコニコと笑った。
【洗濯機はさ
向こうのマンションにある俺の洗濯機やるよ】
などと言う。
【わかばが使ってる11キロ用は
売ったらいいよ】とか
【セラミックヒーターもあるから
それも使って。
あげる。】などとも。
相変わらず
手も繋がぬYuなんだけれど
今日は背中に触れたり
腕に触れたりしながら過ごす。
少しずつ、時間をかけて近づく距離に
彼のshyを感じ
それがとても心地良い。
外に出ると
雨が降った後だった。
【雨降ったのね】
暗い空を見上げた。
Yuは少しだけ黙る。
離れ難い空気を
二人は共に纏っていて
それを互いに感じた、
と思う。
【カフェでも行く?】
【もう少し話せる?】
【あした大丈夫?】
【だいじょうぶ。カフェ行こう。】
結局私たちは、
コーヒーをお代わりして
カフェが閉店する23時まで話した。
Yuの
壮絶だった虐めの体験と
それを終わらせるために
彼がしたこと、とか
その後の屈折、とか
孤独で長い時間、とか
それと
今苦しんでいることや
今後の二人のこと、
などを。
そして彼は話の途中
ーほんの短い瞬間だけれどー
溢れそうになる涙を堪えた。
ほんの。
刹那。
そのYuの
言葉にならない想いを
私は彼の沈黙から受け取り
それを理解した。
理解した、と思った瞬間、と
Yuが
【解ってくれてありがとう。】
と、私に言ったそのタイミングが
あまりにもピッタリだったので
私は驚いて
泣き顔の彼をじっと見つめると
Yuは
【泣いちゃったじゃん、】と笑った。
【俺のパーソナルスペースに今まで
入ってきた人はいなかった。
でも、わかばが入ってきてくれたことが今
とっても心地良くて嬉しくて
本当に
出会ってくれて感謝してる。】
【俺の気持ちは
解ってくれてると思うんだ。】
【解ってる。】
【うん。】
そしてYuは
転職するつもりだ、と話した。
年内いっぱいで今の職場を辞め
来年から新しいところに変わるために
動き始めているんだ、と。
【俺は今まで
自分のためにしか生きたことがなかったけど
今
自分以外の人のために生きる生き方があることを
初めて
めっちゃ考えてる。】と
言った。
泣きそうな顔で。
雨上がりの漆黒の空
改札を抜けて分かれ際
【また
近いうちに会おう】
とYuが言った。
彼は新しい職場を
私の新居のそばで探すと言った。
新しい仕事とFXとで
もっと貯蓄増やす。
それまで1年、いや
半年かな
それまで待っていてほしい、とも。
俺の通帳を預けたいくらいだよ、とも。
それらの言葉の
深くて重たい意味を考えながら
家までの夜道を歩いた。
孤独な少年は、
孤独な大人の男になった。
生き辛かったことと思う。
寄り添う人はいなかっただろう。
信頼して、家を預けた友人にも裏切られた。
俺のせいだ、と
Yuは言ったけれども。
彼はもうほんの少しも
傷ついたり
苦しんだりしてはいけない人だ。
彼と分かれ
一人帰る雨上がりの夜道ー
そんなことを考えながら
静かに
悲しみを湛えた
彼の泣き顔を想って
わたしの胸はギュッとなった。