暗い瞳・静かな声・遠い記憶
「今週メシどう?
会っとか?」
「いつがいい?」
「3日か4日かな」
「3日なら空いてる」
「何時にしようか」
「何時でも」
「じゃ14時で」
先日と同じように
こちらの最寄りまで来ると言う
この間は、イタリアンで6時間話した私たち
異性を感じさせない
小動物みたいな人だ
けれども
ただ時々
長い前髪の間から覗く
瞳の暗さに
私は話しながらドキンとする
何度も
それは、
彼の中に潜む
長い時間をかけて培われ
彼と一体になった
鬱積した何か
ー彼が受けてきた様々な痛み、や
他言できなかった怒りや理不尽、
のようなもの達ーが
彼の瞳の奥に今も
密かに、
宿っているからなのだろう
その、暗い光を湛えた彼の瞳は
いつも悲しげに見える
笑っている時、でさえも、
Yuは優しい声をしている
優しい人なのだろう
ただ
彼はひどく孤独だ
時々
「ちょっとだけ話す?」などと連絡が来て
結局私たちは
深夜に及ぶまで3時間でも話している
その
取り留めのない静かな時間を
私はとても気に入っている
性的な欲情、とか
生々しい感覚や感情が
先立つことの無い
けれども静かな
信頼とか
安寧、のような想いを
深夜の電話で
Yuは私に寄越す
なので私も、
それをYuに返す
私の仕事の話
ーもっとわかばをバラしたいーと
先日会ったときにYuが言っていたが
その”ばらし方”の話ーと、
今、私が関わっているハラスメントの話
ー先日その件で弁護士事務所を訪ねてきたことーと
Yuが、友人に貸していた
Yu名義のマンションの家財や電化製品等が
ごっそり持ち逃げされた話、と
秋のタンデム・デートの話
私の車を塗り替える話、、、など
に始終し
二人の時間はきっとまた
あっという間に過ぎるだろう
Yuは手を繋がず
一定の距離を保って歩く
それは
水族館を歩いている時もそうだったし
駅ナカを歩く時も
デパートの中でそうだったし
帰りに駅で分かれる時もそうだった
じゃね
また、
言いながらもう
人並みに呑まれ
掻き消えてしまうような人
親密になることを
求めていないのかも知れないし、
恐れているのかも知れないし、
そのやり方を忘れてしまった
─いや、或いは
最初からしらない─
のかも知れない
私はそれを
彼に訊くこともしない
彼は
答えない気がするし
そもそも私は
その答えを求めてはいない
孤独に慣れ
それを友とし
それを受け容れ
或いはそれを愛し
独りで生きた人だ
壮絶な彼の
子ども時代の記憶を辿ると
彼のあの
暗い瞳に潜む
言葉にしない心の奥底が時おり垣間見え
私はドキンとしたり
悲しくなったり
苦しくなったりする
少し遅いランチのテーブルにつき
私はまたYuの
静かな悲しみを湛えた瞳を見つめながら
ワインを飲む
Yuは、彼独特の感性で
いろいろな話をするだろう
何も否定せず
何も助言もせず
彼の前に座り、静かに相槌を打ち
彼の想いを聴こう
彼に感じるのは
【痛みを分つ、同志的感覚】に
少し
似ているように
私は想っている