【物語】夜中だけのおはなし①

【葉月ノ十三日】

「頼んだぞ、スミレ」
「はーい」

 わたしは霊殿の前にナスとキュウリで作った飾り物を置きました。
 それはおかあさまと一緒に育ててきたもので、今日の朝に収穫したものです。ちょっともったいないけれども、おかあさまは「大事な飾り物だから大丈夫」と言っていたので、もったいないと思わないようにしようと思います。

「おっと、向きがあってな」

 わたしと同じ鶯色の髪の毛のおとうさまがナスの向きを変えました。どうなったかというと、ヘタの向きが霊殿から玄関のほうになりました。

「これでよし。少し順番が前後しちまったけど、まぁ、大丈夫だろう」

 そう言っておとうさまは家の中に上がっていきました。

「スミレはどうするの? おかあさんは夕ご飯の準備をするけれども、お風呂にでも先に入る?」
「うん。べとべとするから入る」

 朝からお盆の準備でいろんなことをしていたので、わたしの体は汗でびっしょりとしていました。なので、おとうさまと同じように家に上がって、別のキモノを用意して、お風呂に入りました。

 ──今日はご先祖様がやってくるお盆。
 おじいさまやそのまたおじいさまがお家に帰ってくる数日間。帰ってくる人の中に会ったことのある人はいないけれど、もしかしたら会えるかな?


「本当に一人で寝るの?」
「大丈夫!」

 本当は友達のきぃちゃんが一人で寝ることができると言っていて、悔しかったからです。でもそれを言うのはちょっと恥ずかしいので、おかあさまには別の理由で言いました。

「そう。じゃあ、おかあさんは自分の部屋で寝るわよ。寂しかったり、怖かったりしたらいつでも来て大丈夫だからね」
「大丈夫だもん!」

 おかあさまは自分のお布団を畳んで、おかあさまの部屋へ持っていきました。枕を忘れていたので、届けてあげました。
 おやすみなさいとおかあさまに言って、自分の部屋に戻ってお布団の中に入りました。ふかふかで気持ちよかったので、すぐに寝ることができました。

 ですが、夜中に起きてしまいました。お便所へ行きたくなったのではありません。なんとなく目が覚めたのです。
 時間を確かめようと目だけをぐるっと動かしました。するとわたしは壁に掛けられた時計よりも先にあるものを見つけました。

 中庭に行くことができるほうの軒下に人が座っていたのです。ぼやけているように見えるので目をこすったけれども、何も変わりません。どうやらその人は透けているようです。
 幽霊さんだと思って、わたしは布団から出ました。いつもは怖いとしか思いませんが、お盆だったからか、お話ししたいという気持ちが大きかったためです。知らない人のところへは行かないという約束はすっかり忘れていました。

「あなた、だぁれ?」

 後ろから突然声をかけたためか、幽霊さんはビクッとしました。そして動かないので、わたしは顔を見るために横に座りました。
 じっと幽霊さんを横から見つめました。わたしやおとうさまと同じ鶯色の長い髪の毛で、この国では見たことのない服を着ていました。きっと海の向こう側から来た幽霊さんなのだと思います。

「声、聞こえてますか?」

 ずっとお庭の霊殿を見ていてこっちを向かないので、もう一度だけ声をかけてみました。また幽霊さんはビクッとしましたが、今度はこちらを向いてくれました。

「私が、見えるのか…!?」
「うん。透けてるけど」

 幽霊さんの体はやっぱり透けていました。向こう側の景色が見えます。

「そうか……」

 幽霊さんはちょっとだけ安心したようでした。

「どうしたの?」
「実はな──」

 それから幽霊さんはここに来るまでのことを話してくれました。まとめると気が付いたらこの街に居て、なんで自分がここに居るのかを聞くためにいろんな人に話しかけていたそうです。ですが、朝から晩まで無視され続けていたらしく、疲れてここで座っていたようです。

「ここにきた目的があるような気はするんだが──ん、あ、あれ?」

 幽霊さんは困っているようでした。

「どうしたの?」
「思い出せない……」
「え?」
「自分のことが、自分の名前しか思い出せないんだ」
「えぇ〜!?」

 夜中なのに大きな声を出してしまったので、両手で口を押えました。どうやら幽霊さんは物語で知った記憶喪失という状態のようでした。

「全部わからないの?」
「そうだ。ディールという名前以外の自分のことが霧がかかったような状態だ」

 ディールさん。この国では聞いたことのない名前なので、やっぱり海の向こう側の国の人のようです。

「もやもや?」
「もやもやだな」
「困ったなぁ」

 お盆で同じ髪色なのでもしかするとわたしの家族かもしれませんが、わたし以外に見ることができないので確かめる方法がありません。そこでわたしは記憶喪失を知った物語をまた思い出してみました。

 物語では記憶喪失になった人と一緒に住んでいた人が、その記憶喪失になった人が写った写真や使っていた道具を見せて思い出すきっかけを作っていました。それに関連するおはなしをして、幽霊さんが言ったようなもやもやをすっきりさせていったのでした。
 幽霊さんは初めて見る人なので同じようにはできません。ですが、似たようなことはできるはずです。

「やってみる?」

 わたしは幽霊さんに物語でやっていたことをおはなしして、やるかどうか聞いてみました。

「何も思いつかない以上、試してみるのが一番いいかもしれないな」
「つまり、やるってことでいいんだよね?」
「そうだ」

 ということでさっそく写真や道具を探そうと思いましたが、わたしはあることに気づきました。
 ──真夜中だから音を出せないなぁ。
 おとうさまやおかあさま、このお家で働いている人もみんなが寝ている時間です。こんな時間に押し入れを開けてガサゴソと物を探したり、他のお部屋に行くために廊下を歩いたりしたら、音が出て誰かが目を覚ましてしまうかもしれません。もしわたしが起きていることがバレたら怒られてしまいます。

「どうした?」
「みんな寝てるから何も探せないかも。起きてるのがバレたら怒られちゃうもん」
「そうか。九時には寝ないといけないもんな」
「うん。あ、あれ?」

 幽霊さんにわたしが寝なければいけない時間は言っていません。なのに幽霊さんはしっかりと「九時」と言いました。

「どうした?」

 突然、黙ってしまったわたしを心配してくれたようで、幽霊さんは優しく話しかけてくれました。それに対してわたしは幽霊さんの目を真っ直ぐ見つめて問いかけました。

「なんでわたしが九時に寝なきゃいけないって知ってるの?」
「十歳までは九時に寝ないと悪い幽霊に斬られてしまう。だから寝ないといけないのがこの国のルールだったはずだろう?」
「うん、そうだけど……なんかちょっと違う」
「えっと?」
「なんでその決まりごとを幽霊さんが知っているのってこと」

 この決まりごとはきぃちゃんのおじいちゃんがこの国だけの決まりごとだと言っていました。なのできっと海の向こう側から来た幽霊さんは知らないはずです。

「自分もそのルールに則って寝ていた気がするんだ」
「思い出したの?」
「君と話していたら少しだけな。ここと似たような場所でこっそり起きていて、怒られたような気もする」

 幽霊さんは苦笑いをして答えてくれました。

「これも思い出したことなのだが、あれも見たことがあるような記憶がある」

 幽霊さんはわたしのほうを向いたまま、親指で中庭を指していました。その親指が指した方向にはお昼にお盆の飾り付けをした霊殿がありました。

「もっと思い出すきっかけになりそうだから、詳しく聞いてもいいか?」
「いいよ」

 そしてわたしは自分の苗字の由来となった物語を話しました。

 遠い昔、世界中で戦の火があがっていた頃。この和の国ヒノアガリも例外ではなく戦が絶え間なく続いていた。
 そんな中でも健気に生きる狐人きつねびとの少女がいた。

「その女の子の名前がリツっていうの」
「リツ……」

 幽霊さんの反応はポツリと呟いただけでした。

 リツは明るい笑顔が大好きで、人々を元気づけるために団子屋の看板娘として振る舞っていた。しかし、戦が激しくなるにつれ、それだけでは足りないと感じるようになった。

 何か策はないかと街中を歩いていた中、リツはある看板を見つけた。それは志願兵募集の看板であった。
 リツはもともと武家の出身であり、技術は小さい頃から叩き込まれていた。これまでに何度かお誘いは来ていたが、敵兵の悲しい顔は見たくはないと断っていた。だが、今の敵は人の形をした悪霊であるという。ならば自分にも──そう思い、リツは志願した。

 基礎が身についているということからリツはすぐに戦に赴いた。敵は人のものだったと思われる骸だった。
 腐敗や損壊が進んでおり、人とは違う恐ろしさを持っていた。それに怯えることなくリツは刀を振るう。全ては人々の笑顔のため、その一心でいくつもの戦に貢献し、やがて残るは頭だけとなった。

 頭と言っても一人ではなく九人いた。そのためヒノアガリ側は各地からさらに有力者を集め、九つの部隊に分けて戦う作戦を立てた。とはいえ、頭は今まで戦ってきた下っ端の悪霊とは違い、完全に肉体を持たぬ魂であった。頭を倒しても別の肉体に乗り移ってしまう。そこで戦い勝利するのではなく、刀へ封印することを目的とした作戦へ変わった。

 リツは将軍の元につくことになった。これまでと同じように次々と下っ端の悪霊を倒していき、ついに頭の元に辿り着いた。しかし──

「『頭の悪霊は疲労が溜まっていたリツの隙を狙い、彼女の体に乗り移った。そこで将軍はやむを得ず、悪霊が乗り移ったリツごと刀へ封印した』それがカタナモリ家が守る刀で、そこに安置されている、だろう?」
「そうそう!」

 わたしが言おうとしたことを途中から幽霊さんはスラスラと言ってくれました。

「思い出したの?」
「これまた話を聞いていて少し思い出したんだ。小さい頃、その話が好きでよく母に聞かせてもらっていたこともな。ああ、そうだな、私がこの国でこの街の出身であることは間違いないだろう」

 幽霊さんは少しだけ嬉しそうに言いました。

「おぉ〜」

 大きく前に進んだような気がします。ヒノアガリは和の国の中で最も大きい街ですが、知り合いがとても多いです。なので、色んな人に幽霊さんのことを聞けばきっかけを手に入れることができると思いました。

「ふわぁ……」

 わたしは大きい欠伸をしてしまいました。たくさんおはなしをして疲れてしまったのか、とても眠くなってきました。

「眠いのか?」
「うん。幽霊さんは?」
「全然眠くない。幽霊になったからかもな」
「そっかぁ。じゃあ、スミレは寝るね。おやすみなさい」
「おやすみ」

 そこからわたしはお布団へまっすぐ入り、眠りました。

いいなと思ったら応援しよう!