【物語】夜中だけのおはなし③

【葉月ノ十五日】

 また次の日。たくさん夜更かししてしまったけれども、寝坊することなくちゃんと起きることができました。
 さらに、おかあさまが起こしにくる前にお布団を畳んだりと全部のやることをやりました。そのまま朝ご飯もしっかり食べて、バッチリです。

「今日は特に暑いなぁ」

 さっきまでお布団が敷いてあった畳の上に大の字になって寝っ転がりました。やらなきゃいけないこと、やりたいことはたくさんあります。けれどもとても暑いのでやる気が出ません。なんだか、聞こえてくる蝉の声や風鈴の音がさらに暑くしているような気もします。
 流石におかしいと思って熱を測ってみましたが、いつも通りの体温でした。

「どうした? 急に熱なんか測って」

 体温計を引き出しの中に片付けていると、おとうさまがやってきたようです。

「暑いから熱でもあるのかなって思って」
「今日は特に暑いもんなぁ。そうだ、アイスでも食べるか?」
「食べる!」

 そのままおとうさまについて行って、台所の冷凍庫から棒アイスを取り出しました。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 わたしが寝ている部屋に行って、軒下でアイスを食べることにしました。さっきよりも太陽が上に上がっていて、早くアイスを食べないとすぐに溶けてしまいそうです。

「いただきます」

 アイスはラムネ味でした。空と同じ綺麗な青色です。

「後できぃちゃんにお礼を言うんだぞ。昨日の挨拶周りで行った時、分けてくれたんだ」
「は〜い」

 サクサクと夢中で食べていると、あっという間に食べ終わってしまいました。

「あ、そうだ。昨日、夜中にずっと起きてただろ」
「ぎく」
「やっぱりな。何してたんだ? 一人でずっと座ってて」

 ここまでバレてしまっていたら、嘘をついていてもすぐに気づかれてしまうような気がしました。
 そこでわたしは「驚かないでね」「笑わないでね」と言って、おとうさまに夜中だけにしているおはなしのことを正直に言いました。

「実はね、幽霊さんとおはなししてたの。気がついたらここにいて記憶喪失みたいでね、思い出すお手伝いをしてたの」
「……や、優しいなぁ、スミレは。それでそれで?」

 おとうさまは続きを聞こうとしてくれましたが、ものすごく戸惑っているのが伝わりました。

「少しずつわかってきたんだよ。幽霊さんはディールさんって言って、帝国で軍人さんをやってたんだって。でも、元々はこの街の出身で、元の名前もあるみたいなの」
「そうなんだ。んで、そのディールさんってどんな感じの人なんだ?」
「女の人でね、若いお姉さんだよ。刀使いでスミレたちと同じ髪色で──」
「同じ色⁉︎」

 突然、おとうさまが驚いて大きな声をあげました。咥えていたアイスの棒が落ちましたが、上手に手でキャッチしました。

「ごめんな、続けてくれ」
「うん。昨日はそこに閉まってあった手鏡のおはなしをしたの。そしたらね、幽霊さん、足りなかった破片を持ってたの! 同じポケットに身分証が入ってたから名前とかがわかって、いっぱい思い出せたの。けれど、まだ全部思い出したわけじゃなくて、特にこの街に居たときのことは思い出せないんだって。だから今日も色々探そうと思ったんだけど、暑くてやる気が出なかったの」
「……そっかそっか。もしかしたら父ちゃん、役に立てるかもしれねぇ」
「ほんと⁉︎」
「本当さ。その幽霊さんが父ちゃんがよ〜く知っている人物だったらの話だけどな、でもまぁ、問題ないだろう」

 するとおとうさまは立ち上がりました。

「だから、ちょっくら物を探してくるから、父ちゃんはここでお暇するぞ」
「は〜い」

 そしておとうさまは去っていったのですが、戻ってきました。

「どうしたの?」
「アイスの棒、一緒に捨ててくるよ」

 わたしはおとうさまの手にアイスの棒を置くのと一緒に「ありがと」とお礼を言いました。今度はちゃんとおとうさまはどこかへ去って行きました。
 やることがなくなってしまったような気がして、そのまま後ろに倒れました。

 ──やっぱり、おとうさまと幽霊さんは関係があるみたい。
 前回の最後に幽霊さんに言われた「頼んだぞ、スミレ」という言葉は、迎え盆の日におとうさまに言われたものと全く同じでした。ただの偶然かもしれないけれども、どうしても偶然だとは思えませんでした。

「なんでだろうなぁ。ん?」

 視線の先にある額縁の裏側に何かが見えました。立ち上がって確認してみると、それが封筒であることがわかりました。
 背伸びをして手を伸ばしてみましたが、全然届きません。昨日のように座布団を重ねてその上に乗りましたが、バランスが上手にとれなくて落ちてしまいました。

「痛た……」

 座布団作戦は諦めて、他に使えそうな物を探してみました。
 最初に小さなハシゴを見つけましたが、立てかけるタイプだったので使えませんでした。本当は障子を引いて持ってくれば立てかけることができるのですが、破いてしまうかもしれないので使わなかっただけです。
 次に机を持ってきて、その上に椅子を置いてみました。机の上に乗ることは行儀が悪いと怒られてしまうので、こっそりと乗りました。それでも高さが足りなくて届きませんでした。

 自分の手で取ることを諦めて、長い物を使って取る作戦に変えてみました。
 ちょうど軒下には朝顔を育てるために使っていた支柱がありました。それを二本使って突いたり、挟んだりたくさん試してみました。

「それは落ちなくていいのに、あぁ!」

 封筒を落とすことはできました。ですが、封筒のほかに額縁や埃も落ちてきました。

「掃除しなきゃ」

 大きな額縁と封筒を机の上に置いて、箒を持ってきて埃を払いました。額縁は後でおとうさまに頼んで戻してもらおうと思います。

 やっと取ることのできた封筒は古いようで、少しだけ黄ばんでいました。糊付けされていなかった蓋を開けると、薄い紙が一枚だけ入っていました。
 その紙に書かれていたのは「さりまつ」の四つの文字でした。裏面には「並び替える」「例の暗号」と書かれていました。わたしと似たような文字の書き方なので、同じぐらいの年の子が書いたものだったのかもしれません。
 並び替える、四つの文字ということから何かの暗号であることはわかりました。けれども何の暗号なのかは──そこでわたしは思い出しました。

 ちょうど後ろにある襖を開けて、下に置かれた箪笥の一番下の段を見ました。金庫のようになっていて、四桁の暗号が必要だったのです。
 すっかり数字だと思っていましたが、ダイヤルを見てみると平仮名でした。暗号に四つの文字、ここ以外はあり得ないと思いました。
 封筒に入っていた紙には「並び替える」と書かれていましたが、もしかすると嘘かもしれないと思って「さりまつ」のままダイヤルを回してみました。流石にそのようなことはなくて、ガタッという音すらしませんでした。
 今度はちゃんとそれに従って文字を並び替えてみました。これまた流石に単語になると思って並び替えると「つまりさ」「まつりさ」「りつさま」の三つができあがりました。
 最初に「つ」を合わせましたが反応はありませんでした。次に「ま」も同じようにしましたが何も変化なしです。こんなに上手くいくわけがないと少し諦めながら「り」を合わせてみると、カチッと小さい音が聞こえました。

「りつさまって、もしかしてリツ様?」

 一昨日か昨日におはなしした昔話に登場するリツという女の子は、刀に封印されてからはリツ様と呼ばれるようになりました。わたしが生まれるよりも前はお庭の霊殿にその刀が置かれていて、毎年夏にはリツ様のためのお祭りもしていたとおとうさまが言っていました。
 そういえば、そのおはなしを聞いたとき、なんで刀が無くなっちゃったのかも聞いた記憶があります。確か、おとうさまの妹が刀を持ってどこかに行ってしまったからだったはずです。

「あれ?」

 おとうさまにはかつて妹がいたけれども、小さい頃に悪霊とリツ様の眠る刀を持ってどこかへ行ってしまった。
 幽霊さんは小さい頃に刀を持って帝国にいて、最期は刀に眠る悪霊に飲み込まれかけてしまっていた。さらにわたしとおとうさまと同じ鶯色の髪色で、ちょっとだけ顔も似ている。

「もしかして幽霊さんって」

 その答えがこの金庫の中にあるような気がして、最後の「ま」を印に合わせました。
 ガチャリという音と手応えがありました。他の段とは違って縦向きにつく取手を掴んで開くと、中には数冊の本や手作りの人形が入っていました。
 試しに端に立てかけられた本をとってみました。表紙には「日記」と書いてあって、名前は書いてありませんでした。その内容を見ようとパラパラとページをめくっていたら、小さな長方形の紙が床に落ちました。

「なんだろう」

 持ってみると、本などに使われるものとは違う、分厚くペタペタする紙でした。何もない裏面ではなく表面を見ようとひっくり返してみると、それが写真であることがわかりました。写っていたのは男の子と女の子で、夏祭りの写真なのか二人ともりんご飴を持って浴衣を着ています。

「これって、おとうさま?」

 左側に写っている男の子はおとうさまにそっくりでした。対して右側に写っている女の子は──

「幽霊さんだ……!」

 鶯色の長い髪はもちろん、おとうさまと男の子よりもそっくりで間違いないというほどです。
 本当に幽霊さんなのか、予想した通り幽霊さんはおとうさまの妹なのかを確かめたくて、写真の日付と同じ日の日記をページを捲って探しました。

【八月十四日】
今日は兄者と夏祭りへ行った。りんご飴を奢ってもらった。
やはり、人の金で食べるとより美味しく感じる。

「あった! やっぱり、そうだったんだね」

 おとうさまの妹で間違いなさそうです。
 これだけの日記があれば幽霊さんも思い出せると思いますが、やはり名前が知りたくなってしまいました。今すぐおとうさまに伝えて名前を聞こうと思い、金庫の中にある使えそうなものを取り出してまとめました。
 よし、行こう。そう思って立ち上がったとき、世界がグラっと揺れました。

 ──あれ?
 足に力が入らなくなって後ろに倒れてしまいました。畳だったので少しの痛みでしたが、それが気にならないぐらい世界がグルグルと回っていて──わたしは気を失ってしまったようです。


「スミレ」

 わたしを呼ぶ声が聞こえて目を開けると、幽霊さんの顔が近くにありました。

「び、びっくりした」
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだがな」

 いつの間にかお布団の上で寝ていたようです。眠る前のことを振り返ってみると、ここで倒れてしまったことを思い出しました。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

 試しに上半身を起こしてみましたが、問題ありませんでした。続けて立ち上がってみても大丈夫だったので、そのまま軒下へ行きました。
 幽霊さんも横に座って最後のおはなしを始めました。

「ついにね、幽霊さんがここにいたときのことがわかる物を見つけたよ!」
「本当か!?」
「本当だよ」

 そう言ってわたしは立ち上がって、金庫から日記を何冊か持ってきました。

「じゃじゃーん! 日記を見つけたの。読んでみるね」
「え、あ、待て」
「八月三十一日。今日は朝顔の──」
「待て待て待て待て!!」

 今までの幽霊さんからは考えられないくらい焦っていました。なんだか、わたしがいじめっ子のようになってしまっているのでやめました。

「強烈な恥ずかしさで、なんか思い出した気がする」

 幽霊さんは両手で顔を隠しながら、そのようにポツリと呟きました。

「間違いない、それは私の小さい頃の日記だ」
「やっぱり? ここから出てきた写真があってね、それに幽霊さんとそっくりな女の子が写っていたからそうだと思ったんだ」
「写真?」
「そうそう。えっとね」

 持ってきた幽霊さんの数冊の日記をパラパラと捲って探します。倒れてしまう前に日記のどこかに挟んだはずです。

「あった。これだよ」

 見つけた写真を幽霊さんに渡しました。

「これは」

 幽霊さんはその写真を静かに見つめています。

「兄者……そうだ、兄者」

 そのままの勢いで幽霊さんは立ち上がりました。

「全部思い出した。私の名はスズネ・カタナモリ。ここへ来た目的、もう一つの未練は──!!」

 そのとき、後ろで襖を開く音が聞こえました。わたしと幽霊さんが同時に後ろを向くと、その先にはおとうさまが立っていました。

「いるんだろ、スズネ」
「ああ。いるぞ、兄者」

 すると幽霊さんの体に蛍のような光が集まってきました。だんだんと量が増えて、吸い込まれて、やがて幽霊さんはわたしたちのように透けていない体になりました。

「え、本当にいたのか!?」
「いなかったら『いる』と答えぬ。兄者も私がいるつもりで聞いてきたのだろう?」
「まぁ、そうなんだけどなぁ」

 おとうさまがこっちへ歩いてきました。

「スズネから聞いた。お前はもう、その」
「ああ、死んだ。だからこうして、未練があって……ここへ来たんだ」

 幽霊さんは左手を前に突き出しました。するとさっきと同じように光が集まってきて、刀になりました。
 できあがった刀を幽霊さんが掴むと、蒲公英の綿のように余っていた光が飛んで消えていきました。

「結桜か」
「そうだ。その右手の手紙、わかっているのだろう?」

 おとうさまの右手には白い封筒がありました。その手紙は初めて見たものではありません。前に帝国の皇帝さんが直接ここへ持ってきた物なので、覚えています。

「わかっているつもりだ。だが、やはり悪いのは俺のほうだ。俺が誘って、俺が──」
「謝らないでくれ。私がここへ来たのは、そのことなのだから」

 そうして幽霊さんはもう一つの大きな悔いについておはなししました。

「私は兄者を悪いとは一切思っていない。なんなら感謝している。こんな姿になってしまったとはいえ、信頼できる仲間たちに出会い、かけがえのない時間を過ごすことができた。無論、都合のいいことばかりではなかったことは真実だ。だが、兄者のおかげで、兄者がきっかけを作ってくれたから!」

 おとうさまが無言で幽霊さんを見つめます。

「兄者に大きな後悔をさせてしまったこと、しかしその後悔は無意味なものだと言えなかったこと。それが私の未練だ」

 幽霊さんは「だから」と続けます。

「どうかもう、悲しまないでくれ」

 静かな時間が訪れました。でもそれは長くはありませんでした。

「……そっか。そうなれるように、頑張る」

 その言葉を聞いて幽霊さんは安心したみたいで、少しだけ口角が上がりました。

「ああ、頼む。でなきゃ、呪うぞ」
「えぇ、おいおいやめてくれよ。お前のことだから、ちまちまと嫌なことをしてくるんだろ?」
「もちろん。箪笥の角に毎回小指をぶつける呪いやトイレが詰まる呪い、もう既に五個ほどは考えてある」

 二人ともいつもの調子になったように感じます。今にも泣いてしまいそうな空気から、ほっこりした空気に戻りました。

 その言葉の通りほっこりしている時間が長く続けばいいのに。そう思うときほど短く終わってしまうものです。

「あ、幽霊さん!」

 幽霊さんの体から光が溢れていきます。まるで人が亡くなるときと同じで、幽霊さんとのお別れが近づいていることを目で見えるように伝えてきています。

「どうやら、一足先に帰らないといけないみたいだ」
「送り盆までいればいいのに」
「ここに留まる理由が──いや待て、今はお盆なのか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
「初耳だ」

 幽霊さんはどこか悔しそうに拳を握りました。

「まぁ、しょうがない。次のお盆までお預けか……」

 どこか悔しそうに呟いた幽霊さんは「そうだ」と続けました。

「実はここに来た目的がもう一つあってな、この刀を返しに来たんだ」

 先ほど出現させた刀は幽霊さんと違って光が出ていませんでした。

「なんというんだ、その、せっかくだから皆で返さないか」

 幽霊さんは何故かもじもじとしていました。わたしとおとうさまがじっと見つめていたことに気がつくと「べ、別に祟りが怖いわけじゃないからな!」と答えました。聞いてもいないのに答えたということは、そういうことなのでしょう。

「わかってる。よし、みんなで返そう」

 おとうさまとわたしも履物を履いて中庭に降りました。そして三人で霊殿まで歩き、おとうさまが霊殿の扉を開けました。
 中にはお札がたくさん貼ってありました。それが少しだけ怖くて、わたしはおとうさまの後ろに隠れて見ることにしました。
 一方、幽霊さんは怖くないようで、刀を置く台に左手に持っていた刀を両手で持ち、そっと置きました。そしておとうさまが扉をしっかり閉めたところで、わたしは隠れるのをやめました。

「いよいよお別れか」

 幽霊さんの体がかなり透けていました。初めて会ったときよりも透けているような気がします。

「そうみたいだな。なんだか眠いような気もする」

 幽霊さんは大きな欠伸をしました。

「ねぇねぇ、次のお盆も来てくれる?」
「もちろん。今回のお盆でやり残したことがいっぱいあるからな」

 そう言うと幽霊さんはおとうさまの方を見ました。対しておとうさまは「いつもの煎餅だろ?」と答えました。

「そうだ。一緒に食べような」
「うん!」

 幽霊さんがわたしの頭をポンポンしてくれましたが、触られている感覚が全くありませんでした。

「じゃあ、またな」

 最後の最期にとびっきりの笑顔を見せて、幽霊さんは消えていきました。


【エピローグ】

 ──それ以降のお盆で幽霊さんを見ることはできませんでした。
 ですが用意していた煎餅が消えていたり、誰もいないはずの部屋から物音が聞こえたりと来ているということはわかります。

「あれ?」

 わたしが書いた日記から顔をあげて、月明かりに照らされた霊殿を見たとき、誰かが通ったような影が目に入った気がしました。

「一緒に煎餅、食べる?」

 誰もいない空間にわたしはそう言い、机の上に乗っていた煎餅の袋を持って軒下に座りました。

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