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桜の精霊

桜の精霊と言えば、美しい女性を思い浮かべる人も多いことだろう。

しかし、そうとは限らない。 

 私が出会ったのは。。。

暖かな春の夜、タクシーに乗り込むと運転手はこんな話を始めた。

「今日は街中『ポンッ!』て鳴り響いてましたね」 

 『ポンッ?』 

「はい、桜の花が開く音です」

『ホント?』

「はい、今日は暖かかったから町中からポンポン聞こえましたよ」


途切れることなく話続ける運転手。
窓から深夜の町並みを眺めながら適当に相槌をうっていた私は、いつの間にか話に引き込まれていた。


「木もね、水を吸い上げる音がするんですよ」

『へー』

「よく聞こえる種類があってね、むかし北海道に住んでいた頃はよく木に耳をあてて聞いたものですよ。。」


話題が桜や樹木の音から司馬遼太郎の小説へと移り変わるとタクシーは次第に我が家とは違う方向へ。『近道だろうか?』と思ったその時、車は停止した。


「はい。お客さん着きましたよ!」

そこは知らない住宅街。

ああ、やられた。。。


酷く疲れきっていたが、なぜか文句を言う気にもなれずに車を降りると辺りは満開の桜並木。

携帯の地図を片手に、桜の木を一本づつ触りながらこんなことを考えて歩いた。


毎晩残業で終電を逃す日々。

残業代はタクシー代へと消費される虚しさ。

仕事に追い立てられて桜が咲いていることにも気づかないなんて、私はいつまでこんな暮らしをする気なのだろうか。。



あれから時は経ち色々なことが変わったが、桜が咲く季節になると毎年必ずあの夜のことを思い出す。

私に大切なことを気づかせてくれたあの運転手、もしかしたら。。。


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