『梅干しの種』が人生を良くしてくれるの待つ?それとも自分で?
昨夜は満月。
まんまるお月様を見ながら『梅干しの種』のことを思い出した。
小学生の頃、お守りの中には神さまが入っていると思っていた私は、お友達がランドセルに付けていたお守りの中身が気になってしょうがなかった。毎日のように「お守り袋の中身を見せて!」と頼んでは断られ続けていたものだ。
そんなある日、なんと許可が出た!
彼女も好奇心に負けたのか、私のしつこさが勝ったのかはわからないが、お母さんに開けて良いか聞いてくれたと言う。
帰りの会が始まるまでのわずかな自由時間、ランドセルを持ってきて席に座ると2人でドキドキしながらお守りの袋をランドセルから外した。
そっと開いてみると…
『あ!』
神様って?
*
さて、先日の『自分の胸の奥にある宝箱の話』を読んだ友人達から、色々と感想をもらった。
胸に秘めた思いは、美しい過去の思い出とは限らない。宝物とは程遠い、見るに堪えない物をしまい込んでいることもある。
嫉妬心や自尊心。
誰かへの否定的な思い。
痛いから触らないように、面倒臭いからと見ないようにしてきたもの…
言ったらカッコ悪いから、嫌われちゃうから、言わなくてもわかってくれるだろうとずっと自分だけが我慢して押し込めてきたもの。
こうした認めがたい自分のネガティヴな部分や、自身の倫理観に反する欲求なんて、嫌なら捨ててしまえば良いのに出来ない。
だからしまい込む。
ならば自分にはそういう側面があることを認めてぶちまけてしまえばいいのに。でもそれは美学に反する。
だから押さえ込む。
お宝のように大事に隠し持っているから、誰かに刺激されて箱をこじ開けられた時にイライラ、モヤモヤ、ションボリしてしまうわけですね。
さてさて、友人達の胸の内を聞いているうちに気付けば蠍座の季節。
誰かに刺激されて胸の奥底に澱のように溜まっていたものが湧き上がってきたなら、もう見て見ぬ振りはせずに吐き出してしまうにはぴったりの季節。
「言わずに別れるか、言って別れるか」、「やらないで死ぬか、やって死ぬか。様々なその胸のモヤモヤやイライラを吐きだすか、また胸にしまうかは自分次第。それによってどうなるかなんて、そんなのは神のみぞ知る。
だけど月に祈るより、『梅干しの種』が今の状況を変えてくれるのを待つより、自分がやったほうが早いと思うのよね。
今なら効果は大きいし、人生ってそんなに長くない。
そんな時期です。