まいご2
カーテンからのぞいた朝日が眩しくて目を覚ます。昨夜の電話が終わったあと、考え込んでいるうちに眠ってしまっていたようだ。こわばり、凝り固まった体は鉛のように重たく、憂鬱な気持ちになる。
仕事を辞めてから、私は変わったと思う。前は、仕事行きたくないなぁくらいの朝の憂鬱はあったけれど、朝目を覚ました瞬間から責められているような、後ろめたいような落ち着かない気持ちに襲われることはなかった。仕事を辞めたあの日から、前の職場のことを思い出そうとすると、頭がうまく働かなくなってしまった。目を覚まさなければ、このどうしようもない現状から逃げることはできるけれど、私の体は今日も通常に働いている。だから生命活動に必要最低限の生活はしなければならない。でも無職の生活の中にも、あの頃の記憶を引き出すトリガーはたくさんあって、それにぶち当たるたびに思考も動きもストップしてしまう。今の私は”普通”の生活が出来ない。
落ち続ける思考に、これはまずい、と勢いよく立ち上がる。できるだけ何も考えず、体のパーツにだけ意識を向けて、動き出した。歯を磨き、顔を洗う。こんな簡単で当たり前の行動でさえ、身も心もふにゃふにゃの私にとっては重労働だ。
ペットボトルの水を直に飲む。内臓に響く刺激に思わず目をしかめた。深呼吸をして、食卓につく。当然のように今日一日の予定はない。一人暮らしをしていたけれど、電話にもメールにも返事をしない私を不審に思った母親がアパートに訪ねてきた。コンビニ弁当の容器、空のペットボトル、ごみ捨て場に持っていくはずのいくつものごみ袋、脱ぎ捨てられた衣服の山、その中に私は座り込んでいたらしい。私もごみの一つだった。母は私を引きずるように部屋から出し、タクシーで実家へ連れ帰った。私は、前日に職場に退職届を出していて、すんなり受理され、そのことにもダメージを受けながら、一切の気力を失くしていた。
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