周りは目だらけ
ロケバスの中で足を投げ出した。
「あー。つっかれた。何で生徒が教師に挨拶するだけのシーンで何テイクも撮るのよ。」
先ほどの撮影の愚痴をこぼしつつ、アイコスを吸った。
「お疲れ様です。なつみさん。」
私より3歳若い女性マネージャーはなつみの機嫌をうかがうように、恐縮した様子で労った。
「ったく、新人とやると長引くからやなんだよねー。」
ふーっと息を吐きながら、ロケバスの窓を開けた。すると道路沿いに高校生くらいの女の子たちが数人、こちらを見つめている。なつみの顔を認識した途端、はじかれたようにキャーッと歓声を上げた。即座にアイコスを持った手を下げ、顔だけの笑顔を向けてやった。
「なんで一般人がいんの。こっちは休憩中だってのに笑顔作んなきゃいけねーじゃんかよ。」
毒づきながらも笑顔は絶やさない。手を振りながら、
「ってかあいつら、愛想見せてやらねーとネットに散々書きやがるし、高校生だからお金落とせないし、まじで害悪だわ。」
と吐き捨てた。令和の時代、俳優業も変わりつつある。ネットがテレビ業界も支配しつつあるこんな世の中じゃ、気を抜いた場面が一瞬でもあれば、それがネットへ一気に拡散され、その評判が仕事に響いてくる。たとえ悪意があろうがなかろうが、一度放出された”それ”は永遠につきまとってくる。自分が死んだ後でもなお。プライベートが犠牲になったとしても、逃げられない地獄がすぐそこにあると分かっているのに、自衛しないほどバカではない。
「はあ、やな時代になったなあ。」
窓を閉めた途端に笑顔が消え、一切の表情を移さない真顔になったなつみの恐ろしいほどの美しさに、マネージャーは息をのんだ。
「なあ、聞いてんの。」
相槌が帰ってこないことにいら立ちだしたなつみに、慌ててそうですね、とかなんとか言って誤魔化した。