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素晴らしい夢

 めずらしく、とても気分も気持ちも最高でした。会話もはずみ、気も許し。

どこかで会ったことがあるはずなのに、その女性が誰だかわかりません。
 とちゅうで何度か、ハッと思いつくのですが、すぐきわからなくなります。

 私は思いきって彼女にたずねました。

「あのさぁ……根本的な質問なんやが、わし、最近物忘れがひどうてなぁ……よりによって君の名前が思いだせんのやが……名前、なんやったっけ?」

 彼女は、笑いながらいいました。

「いいじゃないの、名前なんてどうでも……私はぜんぜん気にしないわよ」

「じゃあ、なんかヒントを」

 彼女は身体をあやしくすり寄せてきて、私の唇に人差し指をたてながら、

「じゃあ、この物語の最後に教えてあげるわ、特別よ」

 そう言うなりブッチュッと、まさにブッチュッと、唇と上半身を強引に重ねて来ました。

 口からはみ出た唾液を右手でぬぐいながら、なんとかからだを起こした私は、

「物語って? どういうことやろ?」と、不審がりました。

「あら? あなた小説家じゃなかったの?」

「いや、小説家というよりは……どちらかというと作詞家というか……」

 私はその先を説明するのももどかしく、もうなんかどうでもええわ、という気分で彼女の手をとり、小洒落た景色のゆるい坂道を、暖かく幸せな気分でくだりました。

 彼女は白いドレスのような、タイト気味のワンピースにハイヒール。そして服とそろいの帽子をかぶっていました。

 その姿には、なんのかげりもなく、この先ずっと二人は幸せに暮らせるという、ものすごい確信めいた実感が満ち満ちていました。

 これぞ「愛」。そんな気が、たしかにしたのであります。

 私は人前で、女性の手を握って歩くような趣味は一切ありませんが、この時ばかりは、女性と手をつないで歩くということはなんて素敵なことだったんだと、思い知らされました。

 不意に彼女が私の顔を見ながら、

「ねえ、あなた、私のこと、好きでしょ?」と、聞いてきました。

 私は照れながら、
「まあな」と答えましたが、まったくそれは嘘ではなかったのです。

「それでいいのよ。 心は隠すためにあるんじゃないの、見せるために存在するんだから」

 その時、ちょうどカフェの前で古い友人の Kとばったり出会い、そのまま、まずは茶をしばこうと、カフェの中に連れ立って入りました。

 彼女は、K に会釈して、店内のテーブルに着席したあと、すぐにポーチを持ったまま奥の化粧室に向かいました。

 K が私の顔の横に自分の顔を近づけて、神妙な顔つきで、

「おいっ! これはいったいどういうことやねん? 」と、文句を言いました。

 私はKが激しくねたんでいるのだと思いながら、
「わしは昔から女にモテるんや、相手が外人でも金髪でもおんなじや、ただそれだけやがな」
と、いけしゃあしゃあと返しました。

 するとKは、

「あほ! そんなことを言うとるんやない。これはオマエ、えらいことやぞ」

 そう言ったあとKは、カフェに備え付けのブックスタンドにあった大きなサイズのグラビア雑誌を手にとりました。

 表紙には「LIFE 」と、大きく 書いてありました。
 ペラペラとページをめくり、
「これや」と、私に見せました。

 そこにはまさしく、彼女が唇をとがらせた、セクシーな顔で写っていました。

「あっ!」

 私はすべてを悟ってK に言いました。

「しもた! オマエさえ出てこんかったらよかったのに……日本語やったから気づかんかったがな」

「どういうことや?」

「まだわからんか? これ……夢やがな、わしの夢の中や……オマエもわしの夢の中におるんやがな。あ〜あ、もっと一緒におりたかったなあ……あの娘と」

「もっぺんここに帰ってくるやろ?」

 K は椅子の上の白い帽子を指さして言いました。

「いや、もう帰ってこんよ。お前のせいや、わし夢やと気づいてもたもん。あ〜あ、もったいないことしたなあ……」

 私はもう一度グラビア雑誌の写真を見つめなおしました。

 それはあまりに有名なショットでした。

 今は亡き女優、マリリン•モンロー。

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