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言い訳

私も恋人も、自分勝手だと思います。突き詰めれば誰しも損得でしか考えていない。どんな出来事も、自分に都合のいいように考えるか、誰かや何かのせいにして自分を守るか。そういう思考からは逃れられない。

「運命の出会い」

「人生最後にして最高の恋人」

「私だけが彼を理解してあげられる」

全部妄想なのでしょうね。



恋人と出会って、私は猛烈な恋に落ちました。2年会えないのに彼を待ち続けるような、強烈な恋愛感情です。毎日彼のことを考えていました。「考えていました」なんて生ぬるい表現で言い表せる状況じゃないです。毎日朝から晩まで、彼のことしか考えていませんでした。仕事でポカはする、生活もおざなりになる、彼以外の何も考えたくなくて、彼のことを考えるだけで一日が終わりました。彼の記憶をリピート再生するだけ、彼の言動から妄想を膨らませるだけ、ろくにその頃の記憶もありません。


ただその間、私は幸せでした。彼という人を、彼という人を題材にした妄想を、味わい尽くしたのでしょうね。彼は適度に燃料投下してくれました。欲しがる私の首を絞めては、ふとその手を緩めてご褒美をくれるのです。私の妄想は改善するどころか、悪化して行きました。沼る、ハマる、言い方はいろいろあるでしょうが、そして彼がそれを意図していたかもわかりませんが、私は更にずぶずぶと自身を海の底深くに沈めて行きました。


中毒。


みっともないですね。中毒。そうとしか言いようのない状態でした。この世に完璧な人間なんて居ない。わかってはいても、今度こそ、とか、私だけは違う、とか、どうしてそんなこと信じてしまうんでしょうね、どこかでそんな自分を冷めた目で見つめている自分もいて、それでも信じていた、いや、信じようと、信じたいと思っていた。それが中毒です。


しかし、中毒で居続けるにも莫大なエネルギーを消費します。完璧な妄想を維持し続けるのは容易なことではないのです。そこかしこにひび割れができて、始めはパラパラと、やがてザラザラと音を立てて、妄想だけで作られた世界はあっけなく崩れ、その中には目を逸らし続けて来た見慣れた日常がありました。



純愛、潔白、清廉。なぜ自分をそんな人間だと思うのでしょうか?どこかでわかってはいたのに、「完璧な恋人」に見合う自分になりたいと願ってしまったのでしょうか?自分がまるで非の打ち所がない最高級の女にでもなった気分でおりました。


そんな私に現実を突きつけてきたのが、

前述の彼です。

「やりたいだけに決まってる。」

そう言われて、私は何も考えられないまま、フラフラと彼について行ったんです。何の答えも出せないまま、この人に好き放題されたんです。



思うのですが、誰かを好きになる、誰かを受け入れる、それは条件で判断できるものではない。ひどいことを言われているのに、恋人もいるのに、それでも私はその人のされるがままになりました。

弱いです。そう、その人の言うように、やりたくてたまらなかったのでしょうね。2年も会えない人を想って、心も身体も擦り切れていた。だからこそまた潤してくれる人を探していたのでしょう?そして気に入った人に出会ったのでしょう?自分を覆い隠していたはりぼてを蹴飛ばされて、こんなに濡れてるでしょ、もう自分で動いているでしょ、と侮辱されながら、やめてと口走りながら、その人の首に腕を回していたのでしょう?


それがすべてです。


言い訳のしようもない。


私がだらしのない女であることは、受け入れざるを得ません。とてもではないけれど、節度のある人間とは言えない。ですが、こんなに心が軽くなったのはなぜでしょうね。薬物中毒の人や犯罪を犯した人が、秘密にしていたいと思いつつも、どこかでは見つかりたい、捕まえて欲しいと思う気持ちに似ているのですかね。


私は愚かで、恋みたいないっときの快楽を貪って、この2年も、彼を待つという自分に酔って、その快楽を増幅していただけなのかも知れません。決してこれが運命や奇跡の恋だったからからではない。私も恋人もただの人間で、息の詰まる日常を忘れるためにちょっと遊びたかった、そんな気持ちで相手を探していた、そうしたらうっかり恋に落ちてしまった、それだけのことです。その恋も、他の多くの恋と同じ道をたどるのでしょう。上手く行けばまだ生きながらえるかも知れません。2年ぶりに恋人が会いに来る。そんな奇跡が起こるならば。


恋人に会うのが奇跡ってなんだ笑


関係を表す名前はいろいろあれど、人の心がその定義通りで在るわけではない。ぐにゃぐにゃした得体の知れないものを、それでは気持ちが悪いので、片付けしやすいようにその箱にしまっただけのことです。箱の中でそれは今もぐにゃぐにゃと気色悪い蠢きを止めずにいる。私に指を差し入れたその人は、私の許可を得ることもなくその箱を乱暴に逆さにすると、べしゃりと地面に落ちた私を踏みつけて、ほら見ろ、これがお前なんだよと、興奮した様子で私をめちゃくちゃにした。


私は、解放されたのです。




解放された、はずなのに。


恋人のために用意したこの部屋で、今も私は恋人を待っています。奇跡、そうかも知れないけど、その奇跡をばかみたいに待っている。解放されたはずなのに、呪縛は解けたはずなのに、それでもまだ?他の男に抱かれ、めちゃくちゃに壊れたはずなのに、それでもまだ?


遠くから、またあなたのメッセージが届く。おやすみなさい、ただそれだけ。あなたはどんな気持ちでその言葉を私に送って来るのだろう。

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