第十九回「旅路」
日曜日の昼下がり、東京行き新幹線の乗車券を払い戻した後、俺は旅に出た。とにかく北へ北へ。一刻も早く東京から一番離れたところへ行きたかった。
この日は東京に行って、夕方からライブを観る予定だったのだが、寝起きに途轍もない空虚に襲われ全く行きたくなくなった。勿論、そのバンドにとってとても大きな意味を持つライブであることは理解していたし、この目で見届けることが自分にとっても重要なことであると信じていた。
だけどどうしても、身体がついて行かなかった。
何故なら彼らの音楽を聴いても何も感じなくなったから。喜びも悲しみも怒りも焦燥もない。無。こんな状態でまともに見届けられるはずもない。開始5分でその場から立ち去る自信しかなかった。きっと自分の意思で彼らを好んで聴いてたわけじゃなかったんだ。そう思うと少しだけ悲しくなったけど、あとはやっぱり何も感じなかった。(完売御礼の中、大事な1席を俺が無駄にしてしまったことはその目で見届けたかった人に対して、そしてバンドに携わる全ての人に対しても本当に申し訳なく思う。)
無事払い戻しが済んですぐ、俺は車をとにかく北へ向けて走らせた。昼過ぎに出発してから道中ほとんど休まず、気がついたら黄昏れだった。
青森県のむつ市(正確には風間浦村)。未開の地。俺が辿り着いたのは本州の北の中の北。
全てに背を向けて、東京から一番離れた場所に俺は逃げたのだ。
当然のことながら、あまりにも突拍子のない逃避だったので俺は宿の予約を全く取っていない。とりあえず、近くの民宿に何軒か素泊まりで交渉したが全て断られた。粗方まわったあとで「ここが無理なら車で寝よう」と覚悟を決め交渉したところ、なんとか素泊まりで一泊、許可を貰えた。
なんとかなるもんだ!無事に宿も確保。
この日は雨だったので、大人しくビールを飲んで本を読みながら就寝。だけど心はとても楽になっていた。少しだけ自分が行くはずだったライブの様子が気になったけど、携帯の電波をオフにして余計なことを考えないように情報をシャットアウトした。
翌朝。着いた頃は薄暗かった外の景色に、俺は心底驚いた。なんて綺麗な世界!
海、空、山、砂浜。全てが眩しかった。海の遠く向こうには、微かに北海道らしき影が見えた。天気が良く空気が澄んでる時は見えるらしい。
俺がこの風景を眺めて「美しい」と思うことと、昨日日比谷の3時間半を終えて「美しかった」と感じること。それの一体何が違うというのだろう。
色々な憶測や一挙手一投足の解釈をあーでもないこーでもないと騒いでるのを見る(というより勝手に目に飛びこんでくる)のが、本当に苦痛だ。(俺はバンドの活動発信のためにSNSを続けてはいるが、本当は全部辞めたくて仕方ない。見たくないものが多すぎるから)(他の人にやって貰えばいい、と思うかもしれないがそれは嫌。人がやってること全部に口を出したくなる性格なので。タイムラインのオフ機能とかがほしい。いいね欄見れなくするとかそうじゃなくてさ。)
ともかく、俺は本州の北の果てで美しいものをたくさん見てきたよ。俺が自分の意思で辿り着いた風景は、昨日日比谷でみんなが目撃した始終と同じだよ。きっと美しかったんだろうね。今の自分には必要無くなっただけで、何も思わないことで悲しくなる必要なんてなかったんだ。また戻ってくるかもしれないし、そのまま歩いていけるかもしれない。それでいいんじゃないかな。
ま、少しでも東京から離れようとしてた俺の心情からもうお察しだよね。「何も思わない」なんて、全然なってなかったってこと。ちゃんと嫌いになれてたってこと。それに気づけて、心がスッと澄み切った。あの津軽海峡のようにね!
さて袖振り合うのも、とはよく言ったものだ。
帰り道、道路脇でヒッチハイカーを見つけた。俺はただ帰るだけだったので彼を乗せてあげた。彼は高校卒業後すぐに海外へ行き、そこで母国のことすらちゃんと知らなかったことに気づいて、今は日本一周をすることにしたらしい。この目で見る。それはとても大切なこと。自分で決めて、自分の意思で眺めるものに後悔なんてない。俺だって自分の意思でむつまで来たんだから、なーんも後悔してないぜ!青年。
二人で寿司を食べた。ずっと気になってたお店に初めて行けた。ここは寿司とラーメンのセットで1,000円、イカれてる!(中泊町にあるよ!)
家に帰ったら早速曲が沢山できそう。言葉は日々そこら辺に転がっている。それを少しずつ集めて書き起こすだけ。自分で自分を肯定するために、自分のために。
2024.6.17
P.S.
俺はライブハウスに向いてない人間だなと思う。誰にも否定されたくないし、誰かを否定したくもない。だけど変なサービス精神みたいなのが働いて、いざという時ヘラヘラ笑ってしまうしヘラヘラと毒を吐いてしまう。心に残すということが音楽そのものじゃなく、楽屋での会話やMCや打ち上げの雑談なんかを取り上げられるのが、唄を歌う意義を丸ごと消し去ってしまう感覚。
そのたびにいつも悲しくなってる。