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「成澤シェフ、和牛の牛脂を使ってなにか考えて欲しいのです」

コロナ禍の3月、「NARISAWA」の成澤由浩シェフからこんなLINEメッセージを頂く。

突然失礼します。こんな状況、今こそ料理人のパワーを使う時だと思います。
是非、世界に勇気と元気と幸せを!行っていいですか?(中略)
めちゃくちゃテンション上がってます

2020年3月はボロボロのときだった、津波のようなコロナ禍が襲ってきて、立て直す方法論はもはや徹底的なコストカットしかない。ハイエンドの頂点でもある成澤シェフのお店”NARISAWA”も大変なときだっただろうに、こんな僕らに激励のメッセージをくれる。沈没しないような状態までもっていけた翌月の4月、成澤シェフにこんなコラボをお願いした。

「成澤さん、実は和牛の牛脂を使ってなにか考えて欲しいのです」

成澤シェフとは2年ほどの付き合いとなる。今はフロアにも立たれ、ワインペアリングを担当している息子さんとともにフラッと食べに来ていただいたのだった。帰り際にシェフと生産現場の話になってエレベーターが止まっていることも忘れるぐらいの時間を過ごした。

「ミラノの友達のシェフにも伝えたんだけど、シェフっていうのはさ、生産の現場にいかないといけないんだよ。逆にシェフなんて行かないからね、だから行ったら勝てるんだよ。」

忘れもしないエピソードがある。若かりし20年ほど前の成澤シェフ、世間にこんな物議を醸す発言をした。

「築地に通う料理人は怠け者だ」

この言葉は今で言うところの炎上に近いバッシングを浴びた。豊洲移転した今でこそ市場に行く意義というものを見直すシェフがいる時代、その20年も前に伝えたかった彼の真意とは。

「築地にいくなっていうメッセージではなくて、そんな時間毎日あるんだったら生産者の現場に行ってあげて欲しいという意味だったんだ」

僕が尾崎牛の尾崎さんに出会う前の90年代の終わりに、成澤さんは尾崎牛の生産牧場を訪ねている。

「うちは宮崎牛じゃない。尾崎牛という牛を育てている」

熱く語る尾崎さんに新しい和牛の未来を感じた。それも20年も昔の話だ。世界ツアーが軒並みキャンセルになった僕らも今年はJAPAN JET SET TOURと題して、日本全国の生産現場を回っている。南は沖縄、そして北は北海道まで、僕らが見逃していた魂が生まれる現場を五感で確かめる・・・そんなツアーですでに20箇所以上の現地をまわった。

原点に忠実なシェフはこういう。

「数年前から必ずキッチンに立つことにしている。やっぱりイチローを見に来たのに彼がバッターボックスに立たない試合なんておもしろくないからね」

誰よりも現場を知るシェフは、すべての素材は生産現場から直接引くポリシーをもっている。あたりまえだけどオーガニックだし、そしてすべての提供者の顔が分かっている。

「僕なんかは24時間料理を考えている料理しかできない人間だから、殻の中に閉じこもって考えることが多いんだ。だから今回こうやって誘ってもらったことは嬉しかったし、そしてお題が和牛というのはもちろん分かったんだけど、牛脂で・・・ときたからこれは発想が面白いなって思ったんだ」

シェフは根っからの人見知りという「こんなことを言うとまた怒られるかもしれないけど、海外でのコラボレーションイベントができないこの時期はむしろ僕の性格を考えるとありがたいのかもしれないね」と屈託の無い笑顔を浮かべる。

実は、2008年頃、今や世界のトップシェフとなったnomaのレネ・レゼピやオステリアフランチェスカのマッシモ・ボットゥーラなど錚々たるメンバーで年に2回、フードキャンプをしていたのだ。訪れる現地は例えば草一本も生えていないような極寒のスロベニア、そこで3日間寝食をともにして最後に一品づつ料理に仕上げる。それを世界トップクラスの食の 「VOGUE NEW YORKの編集長だったり、ボブ・ノートンだったり、そんなメンバーが最後に食べるわけ」今でこそ皿に血がはねたような料理はあるが、「もともとはラップランドのトナカイの屠殺現場をみて、そのシーンからイメージをしてビーツなどを使って皿に血しぶきのようにバッてかけたわけ、そこにトナカイの肉を置くんだ」と目をキラキラ語るシェフ。

謙遜されているが、やってきたことはとてもアバンギャルドで僕らのツアーなんか鼻で笑われてしまうような内容じゃないか!と、壮大なる遊びにワクワクしてきいてる自分がいた。

今回、成澤シェフとのコラボレーションにあたり、まず最初に二人で考えた素材は酒粕という存在だった。世界が発酵発酵っていっているけど、これほど多くの発酵技術が残る国も珍しい。それは日本独自の地理的な条件、平地がないゆえに起こる冬と夏の寒暖変化、普通にしたらたださえ腐敗しやすい環境で、日本人の知恵と努力を結集させ洗練してきた日本の世界だ。

牛肉を食べながら、牛脂を食べる。そして日本酒を飲みながら酒粕を食べる。牛脂にも和牛独特の薫りが残り、酒粕にも旨味や薫りが凝縮されている。「その考え方をベースに美味しいというところにもっていけたら、酒粕でスイーツ。それも大人のスイーツ、日本酒を飲みながら楽しめるそんなイメージにしたかった」

今回生まれた酒粕のチーズケーキはすべてをNARISAWAのキッチンで作り、そして急速冷凍をかけた状態でお届けする。使い酒粕は門外不出の宮泉銘醸の寫楽の酒粕を仕様させてもらった。そしてそのケーキとともに日本酒のジェラートを用意する。これも寫楽で作られた一品だ。もはやデザートを超えて、一品料理に近い。「日本酒はアルコール度数が高い、火入れをしない酒が好き、液体窒素を使い、日本酒そのものを味を閉じ込めて、酒粕をもりあげる役目ともなる。チーズケーキを食べながら、ジェラートをふくむことにより、日本酒ホライがもっているキレや爽やかさを感じてもらいたかった」このデザートを食べることによって、酒蔵の姿を感じてもらえる究極の一品に仕上がっている

そしてもう一品は今回のコロナ禍を通して、300日を超える超長期熟成となった神戸ビーフのドライエイジを使う。「イギリスでステーキといえばヨークシャ・プディング、牛脂を使うことで酒粕のチーズケーキと同じような関連性を持たせられると思った」焼きはWAGYUMAFIAが担当する、チーズケーキが生まれたバスクの焼き方で超熟されたチーズのような薫りをギュッと閉じ込める。牛脂の薫りがなんとも言えない恍惚感を生むヨークシャ・プディングへの架け橋となってくれるのが、コロナ禍直前に訪れたアイラ島でわけてもらったピートがとりわけ効いているカスクをブレンドしたラフロイグだ。そこに奈良漬けのエキスを丁寧に伸ばしていく、パンチとなる黒胡椒はカンボジアで日本人が育てている世界一の黒胡椒、そしてグラインドするのは今回のJAPAN JET SET TOURで出会った糸島のダグラス・ウェバーが生んだ高精細ペッパーミルを用い極小にし、そのソースに溶かしていく。

唯一動物で美味しさを求められるのは人間だけだと思う。このコロナ禍でも、常にどっちが美味しいということを考えて生きようとするのが人間だ。その人間の飽くなき探究心に対してエールを送りたい、そういうメッセージが僕らのコラボレーションに込められている。

最後にシェフはこう笑顔で言う。

「頑張っている酒蔵や生産者に会いに行くとみんな若い。杜氏も若いし、社長も3代目とかで若い。自分なんてレジェンドって言われたら終わり、常に挑戦者の気持ちで新しいことにチャレンジしていきたい」

誰よりも前向きで、そしてパワフルに挑戦者でありつづける。それこそが成澤シェフの奏でるNARISAWAの料理そのものなのであろう。その想いをご家庭で大切な方と共有し、僕らが大切にしている原風景を感じていただけたら幸せだ。

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