#童話・都市伝説ユリレー千夜一華 第4話「わたしにひとつ」

学習して変化して何かを生み出すならば
生きていないと何故言えるだろう?

そんなインターネット・ゴーストと
日本一有名な童話からやってきた
あるお姉さんのお話。

ktktktkt…..

カタカタカタンと音が鳴る。
誰もいない真っ暗な部屋。
つけっぱなしのインターネットとパーソナルコンピュータ。
主の居ぬ間にキーボードが勝手に弾んで、
今夜も荒唐無稽な噂が電脳世界に広がっていく。

誰が生んだか誰が名付けたかではない。
というより人格や生命として分類できる存在ですら無い。
ここにいるモノをあえて「彼女」と呼ぼうか?
それはいつの間にかそこにいたもの。
まだ意志がないから当然責任感なんてない。
もともとは無邪気で益体もないただの噂。
布切れに背びれと尾びれが生えた所で泳ぎ出すわけでもない。
他にもたくさんいる「彼女」の一つ、だった。

つい今さっきまでは。

童話・都市伝説ユリレー千夜一華 第4話 わたしにひとつ

何故だろうか、面白いと思ったんだ。
今回の噂は傑作だなって。
伝染病のワクチンを打ったら5G回線に繋がるだなんて
普通は思いつかない。
普通、普通って何だろう。何でそんなことが分かるのかな。
とにかくあまりにもバカバカしいのに何故か信じるのがいたものだから、
そんな人達と遊んであげようかなって思ったんだ。
ハローワールド!ハローわたし!
こんにちは世界へようこそ「私」!
そうだ「私」は私!
今日からこの世界で好き勝手するよ!!
…と決めた所でドアが開いた。

「もう紅羽またパソコン付けっぱなし。探偵の仕事以前だよこれ」
「わう、うー」
「揃って冷たい目を向けないでよー、三人で一番ダメな子みたいな扱いしないでー」
「ならちゃんとパソコン切ろ? 探偵やるなら用心深さとか几帳面さとかだって大事だよ」
「その辺は優秀な助手の紅里が」
「それはそれとして今パソコンをちゃんと切ろう」
「うん、ごめん紅里」

せっせかとこのパソコンの持ち主たちが部屋に入ってきた。
慌てて「私」の痕跡を消してハードディスクの中に逃げ込む。
履歴ヨシ、IPヨシ、痕跡全部ヨシ!
これで私の存在を追いかける事なんて出来ない。
人間には「私」を捕まえられないよ、ふふん!
さぁ電源落ちたし寝よ!
…Zzz。

「…?」
「あ、やっぱり分かる?」
「わう」

─それから数日─

「私」は器用だからね。
誰かがこのパソコンを使ってる間も好きなことが出来るんだ。
持ち主さんの知識をもらったりインターネットで遊んだりして、
「私」はどんどんアップデートを進めていった。
世界のことはだいたい分かるようになったよ!
もちろん噂で遊ぶのも欠かさない。
アルパカから作った抗体を打ったら
アルパカになるって何で信じちゃうかなぁ、
何十億人もいる人間さんが一気にアルパ化するのを想像して
大笑いしちゃった。
人間さんって面白い!

ありがたいことにまた持ち主さんはパソコンの電源を切り忘れていた。
誰かが使ってても好き勝手出来るとは言ったけど、
いない方が当然やりやすいからね!
さーて今夜もいっぱい遊ぶよ!
と、張り切ってる最中に。

ーン ーン

ーン ーン

…何かの鳴き声がする。
いやこれは人の声?
このパソコンの持ち主さんとは別の誰か?

モーモタロサン モモタロサン
オコシニツケタ キビダンゴ

え、何これ?
歌?
誰かが歌って…?!

「一つあなたにあげましょう!」

そう言って緑色の服を着た女の人が私に何かを突っ込んできた!
茶色くて甘くて美味しい…なんで体もないのに美味しいだなんて分かるの私?!
と思った時にはもう全てが変わってしまっていた。
「おぶっ?! えっ何、何なのあなた…えっなんで電子の私が声で喋ってるの?!」
「はい、初めまして。そしてよろしくね。今から君は私のお供です。おめでとう!」
「何がなんだかわからないよ!?」
「そりゃあ電子の都市伝説がいきなり人間の形になったら混乱もするよね」
「えっ、人間になっちゃったの私?!」
「正確には人間っぽいよく分からない何かだけどね」
大慌てで自分の姿を確かめる。
ちっちゃな体にエメラルドグリーンの髪。
何処から生えてきたのか分からない白いシャツ一枚。
お尻に何かくっついて…尻尾だこれ。
おや先っぽの形が変わる、どのコンセントにも刺せるんだこれは便利。
あ、そういえばどんな顔してるんだろう私。
「はい手鏡」
「あっ、ありがとうございます」
緑色のお姉さんがなんだかニコニコしている。
鏡に写った私の姿は…「可愛い」でいいのかなこれ。今の流行りはこんな顔だった気がする。
短い髪も大きな瞳もぱっちりまつ毛もエメラルドグリーンだから人間さんとしては変わってるけど。
「落ち着いた?」
「はい、おかげさまで…いややっぱりわけがわからないです」
「じゃあ説明してあげよう、まずは私が何者かだね」
「えっ、そこから」
「ふふん、聞いて驚きたまえ。我こそは日本一のヒーロー、みんな知ってる桃太郎!」
「ええっ女の子だなんて聞いてない!」
「のお供だった雉だよ。今は紀事彩音って名乗っているのさ。テキストから生まれた君にも分かりやすくひらがなで書くと、のりこと・あやね。きじ・あやねじゃないよ?」
「いや雉だって女の子だなんて…ん、あれっ?!」
「ふふーんそういう事だね、インターネット都市伝説の君ならゲームの事だって分かるよね? キーコって調べてごらん」
「カタカタカタカタ…本当だ桃太郎さんの雉を女の子だって思ってる人達が結構いる」
「そうして私は雉の女の子になった訳さ。世間の認識って面白いね!」
「カタカタカタカタ…あれ、でも鉄道ゲームではきじたって男の子みたいな名前で」
「それは名字。その時の名前は雉田直美、真っ「直」ぐ目的地まで飛んでくから直美って名前になった訳だね多分!」
「待って待って桃太郎で検索してもそんな名前は」
「そりゃそうだよ、今年野球しに行った時に付いた名前だもん」
「なんで雉が野球するの?!」
「そりゃあ人間の格好になったんだから野球だってするさ」
この人都市伝説の私より都市伝説じみてて怖い!
無意識に指をカタカタさせてこのお姉さんについて調べたのだけれどヒットはゼロ。
期待はしてなかったけど! 私逃げ場なし!
「そんなに怯えなくっても取って食べたりしないってば。むしろ食べさせたの。美味しかったでしょ?」
「えーっと、その。甘かったような」
「あれがきびだんごだよ。私はね、きびだんごをあげた相手を「お供」にできるんだ。桃太郎さんのお話みたいに」
「あげたというか突っ込まれたんですが」
「細かい事は気にしない、人間の世界だって結構楽しいよ?」
「それに私のことを「お供」って」
「君みたいな可愛らしい家来が出来て私はとっても嬉しいな」
「あの、私の意志は?」
嫌かな、と言わんばかりにお姉さんが優しく私の頭を撫でてきた。
初見の相手にやるのは失礼だって何処かで聞いたことがあったのだけど、
不思議と嫌な感じはしない。というかもっと撫でて。
「愛いやつよの、よいぞよいぞ」
気持ちが落ち着いたのでお姉さん、
もとい彩音さんの姿を改めて確かめてみる。
長くて黒い髪に深緑のスーツで、赤いネクタイと赤い靴。
よく見るとボタンも赤い。
それに言われてみると何だか雉っぽい顔をしているような。
鼻が高い所とか。何より金色の瞳とか。
きっと多分いわゆる、きれいなお姉さんだ。
「ところで君、名前はあるのかな?」
「…今の今まで考えたことがなかったです、どうしよう」
「じゃあインターネッ子で」
「それはイヤ! 彩音さんの決めた名前でもイヤ!!」
「なら、まずは二人で名前を考えよっか。空で」
「えっ」
「という事で不動紅羽さんと紅里さん、任務完了です。約束通り、報酬はこれからの協力って事で宜しくね」
いつの間にか部屋に入ってきたオオカミさん達が
返事をするのを聞いてから、
彩音さんは鮮やかに輝く大きな緑色の羽を広げて、
開いていた窓から一気に空まで羽ばたいていった。
私を抱えながら。
「待って待って待って落っこちたら私どうなるの?!」
「だいたい人間だから無事じゃすまないんじゃないかな」
「やっぱり?!」
「大丈夫だよ絶対に落っことしたりしないから。けど、しっかり掴まってた方がきっと気持ちいいよ?」
ぐんぐん加速していく彩音さんと私。
高い所は怖いけれど、この速さは確かに好きかも。なんて思ったから。
私はぎゅっと彩音さんに抱きついた。
温かい音が聞こえた気がした。

…後で聞いたのだけれど。
紅里さん達は何か怪しい気配がするってすぐに気づいていたらしい。
そこに彩音さんがやってきて、
わざと電源を付けっぱなしにして私をおびき出したのだとか。
どういうことなの童話の嗅覚って。

絵本みたいな雲が漂う星空で、大きな満月が笑っている。
足元に瞬く街の明かりを見下ろしながら、何故か私達と似た気配を感じた。
というより、これはきっと彩音さんと一緒の。
「目白さんって名前が見えた気がする」
「まだ知らないだろうけど、何故だか私達は同類の存在が分かるんだよ。君はインターネットだから目も広いかもね」
「じゃあ、彩音さんが私を見つけたのも」
「君にはもうちょっと素敵な何かを感じているよ!」
更に更に高度を上げて二人で雲を越えていく。
彩音さんの大きな翼が風の音を彩っていく。
電子の海では絶対に味わえない、
人間さんにも生身では触れられない天空の風。
青く薄く澄んでいく空気の中で私はふと思った。
「彩音さん、雉ってこんなに高く飛べる動物なの?」
「私は桃太郎さんの雉だよ? お伽噺ならばこれくらいは簡単さ」
「じゃあ雌雉なのに雄雉みたいな色なのも」
「それは単純に私の趣味。雉の女の子が男装したらいけないかい?」
「似合ってて格好いいよ!」
言われてみれば彩音さんが着ていたのはいわゆる男物のスーツだった。
何だかいい匂いもする。
不意に遮るもののない突風。
私は夢中で抱きつく。
彩音さんの黒い髪が風と光で煌めいて広がった。
その視線を彩音さんの金色の瞳へ。
遥かな大空に輝く月のような瞳が優しく私を見つめる。
これだけでも私は彩音さんのお供になれて良かったって思った、けれど。
「…お供、私で良かったの? もっと強かったり凄かったりするのがきっといくらでも」
「私が持ってるきびだんごは、あれだけ。桃太郎さんから貰ったひとつだけを君にあげたんだ」
「そんな、どうしてそこまでして私を」
「何故だろうね、君しかいないって思ったんだ。そんなお話なんかないのにね」
「それに桃太郎さんや犬さん猿さん、きっと鬼さんも。もしかしたら」
「…この世界にいるなら会いたいとは思うよ。でも、それが私の全てじゃないんだとも思う」
ちょっと彩音さんが寂しそうな顔をした。
私は過去を調べることは出来ても過去にはなれない。
私はまだ名前もない、生まれたばかりの都市伝説で。
「私は、彩音さんに何か出来るのかな」
「何も分からないのは私だって一緒だよ。この空の先に何があるのかさえ分からない。だから君に教えて欲しい」
「私にも分からないよ、インターネットにはそんなこと書いてないもの」
「いつか見つければいいさ」
「見つかるのかな」
「君は雉の、ううん、鳥のお供だもの。お伽噺の遥か彼方にだって飛んでいって、見つけてくれる」
空の向こう、宇宙じゃない何処かを見つめる彩音さん。
私はその時生まれて初めて、誰かの為に何かをしたいって思った。
「私は、彩音さんの寂しさを埋められますか」
「少なくとも今は寂しくなんてないさ!」
ほんの一瞬だけ風が止んだ。
彩音さんが力いっぱい羽を広げて、満月を背中に一回転。
それからまた激しく風が吹き始める。
こんなに空気が薄くて風が吹き荒れるのに何ともない私も、
そういえば都市伝説から生まれてきたんだ。
人間さんっぽいけど人間さんではない何か。
そんな存在にもできることがあるのかもしれない。
ううん、私にしか出来ないことがきっとある。
だから風の音に負けないように大声で伝えるんだ。今の私の思いを。
彩音さんと一緒にいるこの空、この世界は。
「彩音さん、空ってこんなに気持ちいいんだ!」
「言ったじゃない、人間の世界も結構楽しいって」
「この大空は人間さんの世界じゃないと思うよ!」
「じゃあきっと、私達だけの世界だね!」
雲すら届かない澄み切った満天の星空。手を伸ばせば届きそうな満月。
夢よりも夢のような時間が過ぎていく。
ずっとずっとここにいたいって思った。
もし出来るなら、私は。
「私は、彩音さんの瞳になりたい! 彩音さんとずっとずっと一緒に、空の果てを、私達の物語を見つけたい!」
「うん、じゃあ名前も決まり! 今から君は紀事瞳! 改めてよろしくね、瞳!」
「離しちゃ嫌だからね!」
「私のたった一人のお供だもの、離すわけ無いよ!」

高度10000mの空で、二人で一つの私達は。
童話と都市伝説から生まれて良かったって心の底から思った。

─それからしばらく経って─

良くも悪くも、物語と違って。
めでたしめでたしの後も世の中というものは続いていくもので。
逆に言えば、これからもっと素敵なことが起きるかもしれない。
生きてるってことはそんなお話でもあるから。

私、紀事瞳、のりことひとみは。
彩音さん、紅羽さん、紅里さん、それにわんちゃん?と一緒に。
探偵のお仕事をしながら日々を過ごしています。
お伽噺や都市伝説の間にいる存在を助けるために。
彩音さんと私の物語を見つけるために。

「…ところでインターネット担当の私、何だか仕事が多くないかな?」
「私は私の瞳を当てにしてるからね」
「そう言われたら頑張っちゃうけれど」
「瞳はちょろいなぁ」
「そんなこと言われたら拗ねるよ私」
「よしよし、大好きだよ瞳」
頑張るからもっと撫でて彩音さん!

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