「夢女子」のような「夢男子」はいるのか。「夢男子」を名乗らなかったのは何故か。そもそも「夢女子」って何ぞ。
始まりはあるツイートでした
例によってこのツイートをきっかけに色々考えまして。
ひとまず送ってみたマシュマロの内容がだいたい以下の通り。
・実は厳密に言うと、女トレーナーや女マスターは「夢女子」ではなかったりします。原作にいない人物が主人公ないし中心人物になるのがいわゆる「夢小説」なので、この定義からは外れます。ただしここ最近、それこそウマ娘の原作に存在している女トレーナーが「夢女子」と呼ばれるようになってきたので、定義の方が古くなってきてもいます。
・男の提督、プロデューサー、マスターとかが「夢男子」とは認識されていないのはこれが原因で、彼らは原作に存在している人物ではあるので主人公になっていても「夢小説」にはならなかったのです。作者が投影されているかいないかは…かなり微妙です。女性である艦娘、アイドル、サーヴァントなどに男性作者が投影されている事も結構あったりしますし。
・じゃあ男性同人界隈に「夢女子」にあたる原作には存在してない人物がいなかったのかというと、そうでもないです。20年近く前の話になってしまいますが、東方シリーズの二次創作だと原作ではほぼ存在していないに等しい男性主人公で描かれる物がかなりあって、これは「夢男子」にかなり近いと思われます。一応「オリジナル主人公」略して「オリ主」という名付けもありますが、そんなに定着したとは言い難いです。余談ですが、ほぼ女性しか出てこない東方シリーズでこういう「夢男子」に相当する二次創作が発生するまでは数年位かかったりもしています。「夢男子」、もとい車輪の再発明に数年かけちゃったというお話。
・で、そんな経緯で原作には存在していない「夢男子」ないし「オリ主」は後にいろいろな作品の二次創作でも描かれています。けいおん、ラブライブシリーズとか。
・ちなみに男性が百合二次創作で「夢女子」二次創作して大きく当たった、という作品は今の所記憶に無いです。考えてみたらあっても不思議じゃないんですけどね。原作女性キャラ×原作女性キャラの創作が圧倒的に強かったのが今に至る歴史でした。
…実は先方が百合に入ったのはウマ娘からだったんだそうで。
分かっていたら古い話は切りました。ノイズにしかならないので。
何よりもせっかく百合に入って下さったのだから、そちらへと用立つような話を書けばよかった。
それはともかく。
このツイートから「夢女子」に相当するものが男性二次創作界隈にあったのか否か、みたいな事を考えてみたのです。
結論から言うとあります。「夢女子」と違って少数派では無いから名乗りの必要がなかったというだけで。ただし「夢男子」とは異なる、原作の(多分に濃い)「主人公」をそのまま使う文化もあるので「主人公」=「夢男子」という訳でもないです。
そもそも「夢」とは何ぞや
ひとまずこちらの定義からざっくり要約させていただくと。
特に1990年代後半くらいからインターネット上で始まった、主人公の名前に好きな名前、例えば自分の名前を入れる事ができる(ドラゴンクエスト等のゲームみたいに主人公の名前を決められると思って頂けるとおそらく分かりやすいです)電子小説が「夢小説」と呼ばれるようになりました。
この「夢小説」を書いたり読んだりしている人は昔から今に至るまで女性が多いので、俗に「夢女子」と呼ばれているわけです。
一方でさっきのマシュマロだと「原作にいない人物が主人公」になるのが「夢」と書いてしまいましたが、これは不正確だったかなと考えています。昔はそれでも間違ってはいなかったのですが、特に21世紀に入ってからは、劇中の主人公がそのまま「夢」創作の主人公になる事例も増えてきました。それこそウマ娘の女トレーナーがこの典型。他にも私の知っている作品では「ツイステッドワンダーランド」の(女性?)監督生や「fate grand order」の女性マスター等も原作の主人公が「夢」創作の主人公になっている模様。…この人達は結構原作でキャラが立っているけれども、それでも「夢」創作を妨げないのは何故なのだろうと考えたのですが答えは出てきませんでした。単に需要が強いから障害を突き破っているだけだと言われるとそれもとても尤もなのですが。
男性二次創作界隈における「主人公」たち
なおゲームを例に出した所で連想した方もいるだろうと思われますが、男性向け界隈でも昔の、特に声が入っていない時代のギャルゲーエロゲーとかは主人公の名前をある程度自由に設定できましたし、自分の名前を入れた人も結構いました。ただ多くの二次創作を生み出した作品だと主人公が例外なく強烈だったので、そんな作品群の二次創作ではデフォルトネームと主人公がそのまま使われる事が多かったのもまた事実です。これも男性二次創作界隈において「夢」が目立たなかった経緯の一つ。実はある作品において車輪の再発明をしてもいるのですがそれは後述。
「夢」に行くには主人公のキャラが立ちすぎている、という事例はその後も頻発し、アイドルマスターシリーズのプロデューサー、艦隊これくしょんの提督などは、二次創作においてその作者とは別の登場人物として描かれる事
になりました。彼らおよび彼女らが夢プロデューサーとか夢提督とは言われなかったのはこれが一因です。女性の作者が描いた女提督も結構いますし、なんなら艦娘との百合作品とかもありますが、彼女達は不思議と「夢女子」を名乗る事はありませんでした。
「夢小説」と「主人公」の並立
ただしやはりはっきりキャラが立っているfateシリーズのマスター、そして実はウマ娘ごとにはっきり別人と分かる位には濃いトレーナーなどの所で、作者とは別人のつもりで描いている「マスター」「トレーナー」の創作と、作者自身を自覚して投影している「マスター」「トレーナー」の「夢」創作が並立したので、後者に新しく入った方があれみんな「夢」ではないのかという冒頭のツイートになったのだと思われます。そりゃこんなややこしい話なぞいちいち把握してるわけ無いじゃんって話ですね。
ここでもっと断定的な書き方をしてしまうと、男性二次創作界隈と女性二次創作界隈が同じ作品で共に盛り上がった作品はこれまでにもありました(「魔法少女まどか☆マギカ」「ラブライブ!」等が嚆矢)。ですが古来の「夢」創作が女性キャラと女性主人公の組み合わせを大規模に初めたのも(それまでは男性キャラ×女性主人公が中心でした)、男性二次創作界隈が盛り上がっている作品で女女「夢」創作が発生して同じ女性キャラを射程に収めたのも「ウマ娘・プリティーダービー」がおそらく史上初。「夢女子」と「主人公」が並立して同担になった事はこれまで無かったと言ってもいいです。「大規模には」という但書も付きますが。
男性二次創作界隈の「夢男子」もとい「オリジナル主人公」略して「オリ主」
じゃあ男性二次創作界隈には「夢男子」みたいな存在は無いのか、ですが。実は普通に存在していて起源もある程度は確定できたりします。具体的には東方シリーズの二次創作でいつの間にか出てきた、原作には出てこない男性「オリジナル主人公」略して「オリ主」がドンピシャで該当します。時期は2005-7年辺り。…何だったらあるR-18テキストゲームで「あなた」の名前を変えられるのが「夢小説」と全く一緒ですな。
2002年に「東方紅魔郷」からWindowsで展開を始めた東方シリーズは、初期は男性が一切登場しない作品群でもありました。2004年の「東方香霖堂」で男性キャラが一人出てきたのですが、彼自身は割と癖のある人物なので自己投影には向いておらず、実際そういう二次創作はあんまり出てません(彼×幻想少女の二次創作は結構あるんですがこれは「夢」創作とは言い難い)。
一方で作品世界である「幻想郷」に男性がいる事は分かりもしました。が、影か形かしかない男性とほぼ全員女性もとい少女である東方シリーズの登場人物との二次創作が大っぴらに出てくるまでは、ある程度の時間がかかっています。無風でもなかったですし。
そうは言っても(原作だと割といい性格とはいえ)面白い異性達と色々愉快な事をしたいと思うのは別に女性に限った話でもなく、というか、男性にも当然そんな欲求はあるわけで。2007年の「東方風神録」の頃には「夢男子」もとい「(殆どが男性の)オリジナル主人公」と女性キャラとの二次創作が珍しくも無くなっていました。結局は需要が異論を押し切り、男性二次創作界隈も「夢男子」という車輪の再発明にこぎ着けたわけです。東方より前、何だったら20世紀の時点で何処からともなく男性が生えてくる二次創作自体はあったんですが、「オリジナル主人公」略して「オリ主」でおおっぴらに書く人が増えたのはおそらく東方界隈からの影響だと私は考えています。
それと、言及してくださった方のおかげで思い出したのですが。
ニコニコ動画の全盛期に「幻想入り」というジャンルが流行っていまして。東方シリーズの作品世界である「幻想郷」に、他の版権作品とか、ネットの人気者とかが入り込んだクロスオーバー物が大量発生した事があります。(なお外界の人物が神隠しで「幻想郷」に迷い込む事があるのは、原作でも実際にやった公式設定です)この「幻想入り」の主人公が「オリ主」である作品も言われてみれば結構ありました。割とこれも、賛否両論があったのが人気で定着した事例です。
「夢」創作は主人公とキャラクターが恋愛するものだと思い込まれがちなのですが実際にはそれだけでもなく、コメディの狂言回しであるとか、IFの軸であるとかを担う事もあったりします。いや「幻想入り」の文脈で恋愛もの描いたのもそれはそれは数多くありましたけれど、それだけでも無いという話でございます。
こうして再発明された車輪かつコロンブスの卵である「オリ主」の概念は、以後色々な作品、特に劇中に女性だけしかいない作品群での二次創作に転用されていきます。「けいおん!」辺りには直接流れた人もいますし、新世代が中心になった「ラブライブ!」以降の作品においても、世代を超えてこの「オリ主」の概念は使われる事になります。考えてみると女性二次創作界隈から見れば普通に「夢男子」ですねこれ。
なお「男性二次創作界隈」と断りもなく書いてしまったのですが、実は女性でそんな二次創作を書いている人々も割といたりします。男性「オリ主」×女性キャラ同人誌をイベントに買いに行ったら作者が女性でひっくり返る、みたいな話は実に枚挙に暇がなかったり。何だったらそこからプロデビューした人もいますし。…あの人とかあの人が実は女性って聞いた時は脳が痙攣しそうになりましたよええ。
さて、では何故「夢男子」、もとい「オリ主」が言葉としてはあまり世間に広まらなかったのかと言うと、単純に勢力が強くて名乗るまでもなかったという一点に尽きます。…はっきり言ってしまえば「夢女子」は女性創作界隈においては数が少ないので肩身が狭かったのですが、「オリ主」派は無数にいたのでそんな羽目に合わなかったのです。
原作にいる人物で二次創作したいという向きも何だかんだで根強いものの、彼ら彼女らはわざわざ「オリ主」を使う人々を敵視する必要も特に無かったですし、何だったら他の作品に移る手もありました(それなりにファン離れを招く手でもありましたが)。…東方から艦これへの大移動の理由の一つが原作にいる「提督」を書けるから、だったりするんでしょうかね?何の根拠も無いただの思いつきですけれど。
改めての結論
「夢男子」に相当する「オリ主」の概念は、今でも様々な作品の二次創作に使われています。作品毎に「オリ主」の立場は違えど、この概念そのものは今や男性二次創作界隈では誰も疑問すら挟まないくらいに浸透している、と言えます。
一方で原作の主人公をそのまま使う文化も昔から生き残っています。最初に話題になった「ウマ娘」だと「オリ主」ではなく「トレーナー」が描かれるのが殆どです。ただ、二次創作の「トレーナー」は肩書だけを借りた、原作育成ストーリーの「トレーナー」とは別人である事も割と多いです。なのでそんな良くも悪くも原作とは別人の二次創作「トレーナー」を見てこれは「夢男子」なのでは、と判断したのも不思議ではありません。まして当人はつい最近に界隈に入ってきた方なので昔の文脈なんて知る由もないですし、知る必要も別に無いでしょうし。
以後どう呼ばれるかはちょっと分かりません。男性創作界隈と女性創作界隈はずっと別々であり続けると私は考えているので、これからも特に害のない誤解は発生するんじゃないかと思ってはいますが。それは新人が矢継ぎ早に入ってきている証でもあるのでむしろ吉兆として喜ぶべきでしょう。
余談 男性が女性主人公で何かを描くと「夢男子」なのか「夢女子」なのか
さて一方で、女性作者が(人によってはかなりエッグい)男性向け二次創作を描いたりしているように、男性が「女トレーナー」としてゲームをプレーしている事もよくあるし、人によっては「女トレーナー」とウマ娘での二次創作を描いていたりもします。
オリジナル男性主人公を立ててキャラクターとの物語を描く場合も「夢」と見做される事、女性が「夢」BLを描いていると「夢女子」と呼ばれる事は今確認しました。故に「夢」界隈から見ると「夢」百合創作をやっている男性は「夢男子」という事になるでしょう。
…仮に、バ美肉の最終理想形まで達した人が女性扱いされるならば、男性が女性「オリ主」での百合、ないし「夢」百合を徹底的に突き詰めた暁には、「夢女子」と呼ばれる事はありうるかもしれません。しかしそこまで行けた人はまだいないので、あくまで仮定の話でございます。