スミちゃんの不味い飯 第3話
駄々花3丁目界隈は只今午後一時半を回ったところです。そうですね、この間のお話からさほど時間は経っておりません。がしかし、このお話の主人公スミちゃんだけは、とっても今日を長く感じているかもしれません。
泣き果て吐いた末、相当の抜け殻になった様子のスミちゃんは、店の奥の休憩室でただただ休んでおりました。だからといってそのまま眠れるわけでもないようで、死んだ魚のような目をして…あ、割といつもそう感じて見えてますけれども、より腐食感が増したような濁った目をしてソファに倒れ込んでおりました。
厨房から聴こえるあの迅速にネギを刻む音や、コーヒーを淹れる熱いお湯のグッサグッサするあの静かで厳粛な音ですらも、今のスミちゃんには激しい騒音のように聴こえているのかもしれません。苦~い顔を時折しては白目になったり…なんとも怖い顔作りますねぇ、スミちゃん。
「スミちゃん、大丈夫か?もう吐くものないだろ?じゃあひとまず食いなよ。ほら今日の賄い飯だ」
と、厨房からやってきたドンさん、優しいですね、白飯に味噌汁、漬物、納豆に人参入りの肉じゃがですかー。この店、ワイルドな見かけによらず意外とオーソドックスでお手頃価格なメニューを出すんですよねー。ドンさんの愛情飯。スミちゃん、これはお腹にも優しそうでイケるんじゃないでしょうか。
と思ったのも束の間でした。スミちゃん、それ見てまた吐き気が…。
「グェッ、グァッ、ガメ~!ガメデブ…」
「おいおい!スミちゃん…。…こりゃまいったな」
まいりましたね。全部美味しそうなのに、見ただけでこんな状態ですものね。
「スミちゃん、もう今日はいいから家帰って寝なよ、ゆっくり休んだ方がいい。いや、この症状…なんか一筋縄じゃいかねえ気がするし」
「はい、お水だよスミちゃん。…大丈夫じゃないねぇこれは」
心配してまたタラさんがコップに水を注いで持って来ました。えっと…テーブルにはいち、に、さん…合計12個ほどコップが並んでいます。タラさんこういう所相当な思いつきだけ動くザックリした方なんです。あのーいくつかコップ下げたらいかがでしょうか。
「スミちゃん、その症状治まるまでしばらく店来なくていい。飯見て吐き気ってのは俺も気分悪いしさ。いや、怒って言ってるんじゃないから。この場所にスミちゃんにとって辛いコトができちまった結果なんだろう。けど、問題はそれだけじゃないじゃねえか?っつーかさ、俺もスミちゃんの過去全部知ってるってわけでもないし上手くは説明できないけども、とにかくだ、今スミちゃんにとってこの場所は辛すぎるんだ。そこだけは間違いないよ」
ドンさん、ちょっとだけスミちゃんに近付いて、ゆっくりと腰を降ろしました。
「俺はスミちゃんを自分の娘のように想ってる。俺が4年前に臨時店主してた駅前の食堂で出会ってからその後タラと三人で一緒にこの店も始めただろ?俺達にとっちゃ大事なメンバーの一人なんだ。そのおまえがこんなショッキングな姿晒してんの今まで一度だって見たことがない。だから正直びっくりショックだよ。タラも同じだ。…まぁ、今夜店閉めた後は二人しておまえの抱えてる何かわかんねえもの想像しながらずっと溜息つくんだろうよ。まぁそんなこたあいいや、しばらく休暇やるから、のんびり暮せ。生活費はあるんだろ?スミちゃん店とアパートの往復しかしてねえから預金はそれなりにあるよな?この際、他の店で食べ歩きでもして新しいメニュー開拓するでもいいや。な?…あ、そうか食べられねえのか。淋しいな、そりゃ淋しいや」
言うだけ言ってそう言って。ドンさんは立ちあがって休憩室を後にしました。あ、スミちゃんが辛くなった賄い飯を乗せたトレイを残念そうに持ちあげて。12個のコップは置き去りですけども。
スミちゃん、しばらく放心してましたけれど、スクッと立ち上がりましたよ。フラフラしてますが、休憩室を出て、厨房へ向かうようです。
「ドンさん。ありがとう。そうします」
「おっし。待ってるぞ」
「あたしも待ってるぞ、ってどこ行くのさ?スミちゃん家帰るのけ?大事にするんだよ、水飲んでりゃ死なないから、お腹空いたらここだよ、ここしかないよ!」
「タラさん、わかってる。どうもありがとう」
短い言葉の中にもスミちゃんはいろんなモノを含めたに違いないです。そんなスミちゃんをドンさんも多分タラさんも理解してるんだと思われます。それでいいんです。自分の娘のようだってドンさんが言ってくれてるんですから。お疲れ様です、スミちゃん。気をつけて帰るんですよ。
…スミちゃんの不味い飯。
この続きはまた後日。
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