スミちゃんの不味い飯 第2話


あぁ、すいません、妙な所でお話途切れちゃいまして。この界隈の見守り神:カタリBです。まだ大丈夫です、ドックくん、残り三分の二くらいはまだホットケーキ食べてますから、黙々と。

まさにそんな時でした。


入口のそう頑丈そうにも見えないドアをけたたましく蹴り、ぐわっと熱風が入り込むほどの勢いでドアノブを手前に強く引きドスドス入ってくる一人の女性…。

「…あんたさ、あんた…」

ドックくんのお母さんです。
シワのない真っ白でフェミニンな七分袖のブラウスに、これは黒のサブリナパンツとでもいうんでしょうかねえ…え、クロップドパンツっていうんですか!そうそう、なかなかスマートでおしゃれな方ですね。でもかなり急いでここへやってきたせいか、ヘアがかなりの暴れ様でどうみてもパンキッシュなんです。そしてなぜか、ゼエゼエ言いながらもスミちゃんを鬼の形相で激しく睨みつけています。すると…

「ね!奥さん!!どこでやったらそうなれる?どこの美容院だ?もーうっ、すっごくイカシテルよ!ピストンでいうところの宍戸・アンビシャスだよ!!マージャンでいうならハネマンイッパツツモ!マリコもマサトもビツクリだよぉー!!」

えっとぉ…、ピストンの件なんてのはまったくどこも合っちゃませんし、それにねえ…この空気、えー、その辺りのビツクリなコトなんてのは今どうでもいい感じですよー、タラさんっ…。

「どうしたんだよ母さん!店はいいの?」

「…あんた!なんでこんなモン作って出してんのよ?こないだこの子が家へテイクアウトして持って帰ってきたこれ…、ちょっと味見させてもらったけど、何これ?クソ不味い…ホットケーキなの?これが?本当にこれを世間と同じホットケーキだと思ってうちの息子にスペサルだとか言って出して、それで金ぶんだくってるわけ?」

「母さん!なにも僕は…」

「こんなモンでこの子の味覚更に壊して、この子家の食事どんどん食べなくなってってんの知ってんの?あぁ?この子がどんどん変わってしまっていくこと、あんた、こんなに心配してる親いんの、どうでもいいってことなわけ?」

「もっと壊れてなんかないよ!母さん、言い過ぎだよそれは!」

「おいおい奥さん、スミちゃんはー、ただ純粋にドックのこと想って…」

「あんた…まさか、うちの子に惚れてんの?そうじゃないなら、え?何が目的?え?冗談じゃないわよ、こんな、…こんなどうにも不味い食べ物に、あったしの料理が負けてるなんて…ほんと…腹が立ってしょうがない…!」

そう言い放つとドックくんのお母さんはまた大急ぎで店を後にしました。ドガンバタンときつく放られはめ込まれたドアの音だけが、店内にそれはでっかく響いておりました。

「ごめん、ごめんよスミちゃん…僕は母さんの言うようなことは全然…」

スミちゃん、なんとも言い難い顔して瞼も閉じず突っ立っていました。エプロンの裾を握りしめる手がワナワナブルブルどんどん大きく震えているように見えます。

「不味かった…んだ、ホットケーキ…。作って、ごめん、なさい」

「僕は不味くないって!全然そんなこと思ったことないってばスミちゃん!」

スミちゃんの頬にポロポロと涙、零れてきましたよ。

「不味かった…だね」

「そんなことないって!」

急激に顔が歪み始めたスミちゃん…大丈夫でしょうか。それ見たタラさんが慌てて駆け寄り背後からスミちゃんをぐいと抱えました。

「他のお客さんゴメンヤサ~イ?スミちゃん、あっちいこ。なんなら奥の部屋!ほいほい。はいはい~みなさんしぃませしぃません、食って!銭出して食って!」
「ごめんなざい!ほんとに…ごめんなだぁい!!」

それはそれはおっきなごめんなさいシャウトでした。そしてスミちゃんの何かが決壊した模様。ダグンと屈みこんだと思ったら今度は喉の奥の奥からなんとも儚い叫びのような奇声がこれまたヒュラヒュラ~っと飛び出してきましたよ…。どうにも言葉にできない発狂のようにも聴こえます…あぁ、もうパニックですね、これは。

「ごめんださい…!ごべんわざい!ごべんだざり!ごべんやざい!!」
「暴れんじゃないよスミちゃん!あーダミだこりゃ、みんな助けろコノヤルォー!」

タラさんの凄みある声に思わずランチ中のお客さん総立ちです、よっぽど怖かったんでしょう、言うこときかないと相当後で飛んでみろこらっ!とか迫られてぼったくられるとでも感じたのでしょう、スミちゃんの足持って腰持ってよいしょよいしょとみんあで懸命に運ぶことに。

「スミちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫、スミちゃんハイハイドードー、ハイハイヒーヒーフーフー!」

…なにか間違っている気もしますが、タラさんだって必死に介抱なんです。どうにもうろたえているワナワナなドックくんに、ドンさんが歩み寄ります。

「ドック。家ー戻れ。けど、戻っても親を責めるな。責めたところでおまえのアレルギーが消えて治るわけでもない。不毛の喧嘩はするな。しばらくの間、飯ちゃんと作ってもらって食べてやればいい。その辺は親子なんだしいずれ解り合える」

「ドンさん、どうもありがとう。うん、僕はいいよ、僕はいい。けど、スミちゃん、なんにも悪いことしてないのに気の毒だ。なんで母さんが僕を差し置いてあんなこと言うんだよ…」

ぐじゃぐじゃ髪を掻き毟りながら涙目になるドックくん。いやはや…みなさんそれぞれの想いがあるだけに、困りましたよね、これは。


バーカウンターの壁の向こうに食料倉庫と休憩室があります。ちなみに二階がドンさんタラさんの愛の巣。連れてかれたスミちゃんは顔をグチャグチャにしてダラダラと泣き続けています。呼吸もうまくできず嗚咽が何度もはしります。用意されたプラスチックバケツに何度も顔を突っ込みゲエゲエとやっていますよ…。

「でもスミちゃん、あーた、『不味い』なんて言葉、誰だって言うよー?私もダーリンにこれ不味いね!とか言っちゃうとき、ズンドコあるよ?そんなに難しい言葉?キモい言葉ー?スミちゃんだって売ってるもの食べて不味いくらい言うでしょー?日本語そんなにムズカシイ?あたしだってこんなユウチョウ?リュウチョウ?モウチョウ?みたいな日本語喋ってるよ?『不味い』そんな悪くないよ?」

確かに。タラさんの言う通りです。『不味い』そのものは特に誰だって素直に言ってしまうことはありますよね?あんまりに払った金額と見合わない味の時だって、悔しさからかつい出ちゃう時もありますし、それについ言ったからって警察に連行されるわけでもありませんからね。

じゃあなぜ?
なぜスミちゃんは崩れるほどのショック、受けてしまったのでしょうかね…。


…そんなスミちゃんの不味い飯。
続きはまた後日。 



********************************************************************

※読んでいただいてお気分の悪くなられた方、大変申し訳ありません。尚、この物語は食物アレルギーの方や、アレルギーを気遣うご家族の方に対して、日々ご苦労されご利用されている代替え食品に対して罵倒や批判するものでは決してありません。実際、私の家でも代替え食品のお世話になってから今年で四年になります。ですので、体験から生まれた作品でもありますし、この話はあくまで「スミちゃんの人生」なお話でもあります。どうぞその点はご留意ならびにご容赦いただけますよう、身勝手ではございますがよろしくお願いいたします。

こちらを閲覧&ご視聴いただきありがとうございます!よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートはメンバー活動費として使用させていただきます。