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聴かせて!「一般社団法人GRANDIR」のわがこと
ここ2,3年、バスケットボール人気ががぜん盛り上がっています。八村塁選手や河村勇輝選手などのスターが次々に現れたり、映画「THE FIRST SLAM DUNK」が興収150億円を超える大ヒットになったり。
香川もB3リーグの香川ファイブアローズがあり、高校バスケの強豪尽誠学園があり、そして日本代表として活躍する渡邊雄太選手を輩出したりと、実はなかなかのバスケ先進県なのかもしれません。
今回ご紹介するGRANDIR(グランディール)は、バスケットボールの普及活動に取り組む団体さんです。代表の安部瑞基さんは香川ファイブアローズのSG(シューティングガード)として5年間活躍された方で、尽誠学園時代には1学年下の渡邊雄太選手とともに出場したウインターカップで準優勝という輝かしい経歴も。
そんな安部さんの、GRANDIRを立ち上げた想いについてお伺いしてきました。
Vol.22
一般社団法人 GRANDIR
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ファイブアローズのSGから、こどもたちを教える立場に
——GRANDIRの活動について教えてください
安部さん:大きな柱は2つで、バスケットボールのクラブチーム運営とスクール事業をやっています。
クラブチームは県内の小学5年生から中学3年生まで、いま男女合わせて36名です。
スクールは小学生低学年からで、いまは55名ほどですね。日替わりで高松市内や綾川町の施設を借りてやっています。
また、オンライン指導や個人レッスンもおこなっています。チームクリニックでは部活動に呼ばれていくこともありますし、仲の良い友達が集まって申し込んでくれたりもします。
県外に出張レッスンに行くこともありますよ。
——いま、香川でバスケットボールのクラブチームはどのくらいあるんでしょうか
安部さん:法人化されているのはファイブアローズのユースチームとあと一つくらいですね。他に、コーチの人が個人で運営しているクラブもいくつかあります。
——立ち上げの経緯はどのようなものだったのでしょうか
安部さん:活動をはじめたのは2022年の7月です。
その年まで5年間ファイブアローズでSGとしてプレーしていたんですが、契約期限の6月末までにチームから契約更新のオファーがなかったんです。
これからどうしようかと考えていたときに、同い年の元チームメイトが引退後にスキルコーチとして活動しているのを見ていて、自分もプロを引退して、次のステージに飛び込んでみようと思いました。
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選手としての活動を終えて、新しいステージへ。
——プロ選手から民間のコーチの立場に一転したのは、大変だったのでは?
安部さん:もともと、プロ在籍中から県内のバスケ教室や部活動によく教えに行っていたんです。だいたいはチームの運営会社から指示されて行くんですけど、ぼくは教えるのが好きだったので積極的に手を上げていました。
だから、セカンドキャリアとしてこういうのをやりたいというのはありましたね。
あと、Bリーグがスタートしたのは2016年で、ぼくがGRANDIRを立ち上げたときはまだ6年しか経っていませんでした。
元Bリーグ選手という肩書きが希少価値を持つうちに事業を立ち上げれば、バスケスクールやコーチとしてのポジションを確立できるはずだ、やるなら早いほうがいい、と考えたんです。
——確かに!バスケ人気もすごく盛り上がっていますしね
安部さん:引退してすぐに活動をはじめたおかげで、「ついこの前までファイブアローズで試合に出ていた人だ!」というのですごく需要もありました。地元出身なので、県内のバスケ関係者との繫がりもあってそこからも声をかけてもらったりしたので、正直なところプロ時代よりも稼げたほどです。
最初1年半ほどは個人事業主として、高松市内のクラブチームから業務委託を受けてコーチ業をやっていたんですが、諸事情でそれが難しくなり、この機会に独立しようと、一念発起して2024年のはじめにGRANDIRを立ち上げました。
だからGRANDIRとしてはやっと1年経ったところなんです。
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どの子も真剣に取り組んでいます。
バスケで全国準優勝して、勉強で学年1位に
——安部さんがバスケットボールをはじめたのはいつ頃でしょうか
安部さん:小学4年のときです。6年の時にBリーグの前身となるbjリーグがスタートして、ファイブアローズもその頃にできました。
初めてファイブアローズの試合を見に行ったとき、試合の演出がすごくて選手の入場時にスモークが上がったりしたのを見て「プロってカッコいい!」って。すごく憧れでしたね。
中学時代は玉藻中のバスケ部でした。チームとしての戦績はあまり良くなかったんですが、ちょうどバスケが強化対象になっていたこともあって、県の選抜メンバー15人に入ってレベルの高い指導を受けることができました。
——選抜メンバー!そして高校は尽誠学園に進んだんですよね
安部さん:実は、最初は高松西校や高松一高といった進学校を考えていました。親からは「公務員になれ」と言われていましたし、ぼく自身県選抜とは言え、実力は下の方でしたから。
——えっ、そうなんですか?
安部さん:それが、中3の時にプロチームの前座試合で尽誠vs高松商の試合を生で見て、「絶対ここ(尽誠)でバスケがしたい!」「バスケするならここしかない」と確信したんです。コーチやチームの雰囲気が良くて、バスケをするなら尽誠しかないと思いました。
ところが、これが両親や周りから大反対されまして。
——進学校に行くと思っていたのが、まさかだったんでしょうね
安部さん:そのころはまだ尽誠も今ほど強豪校ではなかったので県内の選手が多かったんですが、練習はとても厳しくて、土日や長期休暇は2部練だし、1年間で休みは元旦の1日だけ。それに家から学校までは往復2時間の電車通学。
入学前の面談でバスケ部顧問の先生に「きみでは無理だと思うから、やめておいたほうがいい」と言われたくらいですから(苦笑)
それでも、「絶対に行きたい。勉強では3年間学年首位を取り続けるから尽誠でバスケをやらせてほしい」と親に約束して、ようやく許してもらったんです。約束を破ったら退部でいいからと。
だから、3年間は部活だけでなく、勉強もめちゃくちゃ頑張りましたね。その甲斐あって3年間特別進学クラスでずっと1位でした。
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「小学校の時に見たあのカッコいいプロに、自分はなれたんだ」と感動したそう。
——尽誠の練習だけでも大変なのに、すごすぎる!
安部さん:ただやっぱり、バスケの方はなかなか芽が出ませんでした。1、2年は試合に出ることもできなかったんです。
それが3年生になる前の新人戦でようやくスタメンで使ってもらったときに、そこで運良く結果を出すことができて、そこから試合に出してもらえるようになったんです。あとで先生に聞いたら、「いい選手を温存するために、先にお前を出したんだけどな」って言われましたけど(笑)
両親も、それでようやく認めてくれるようになりましたね。
大学でもバスケを続けたいと思っていましたが、なかなかスポーツ推薦を受けられずに大変でした。教員志望だったのもあって大阪教育大から推薦のお誘いをいただいたんですが、「全国大会でベスト8以上に入ること」という条件付きでした。
ところが夏の総体はベスト16止まり。先生にも「お前だけなかなか決まらないなあ…」と心配されました。
最後のチャンスだった秋の国体で5位になることができて、ギリギリ推薦を取れたときは嬉しかったですね。
——大学に入ってからはプロを目指していたんでしょうか
安部さん:大学でももちろんバスケは続けましたが、卒業後は教員になるつもりでした。
それが、大学4年生の時に現在のBリーグができることになり、それまで憧れでしかなかったプロへの道を改めて考えるようになったんです。
このときも両親には反対されました。プロで本当に食べていけるのか、心配だったんだと思います。
だから、教員免許を取ることを約束して、プロになることを許してもらいました。
結局教員にはならなかったけど、いまでも指導方法とかレッスンのプランニングとか役に立つことが多くて、教員免許の勉強をして良かったなと思います。
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男子とは接し方を変える工夫もしているそう。
バスケを通して人生を豊かに
——GRANDIRで大事にしていることはなんでしょうか
安部さん:「バスケットボールを通して人生を豊かにする」ということですね。こどもたち本人もそうだし、その親御さんも含めて「このチーム、このスクールに入って良かった」「ここでバスケを通して、貴重な経験を積むことができた」と思ってもらえればいいな、って。
あと、やっぱり地元香川というのは意識しています。お世話になっている地域の清掃活動に参加したり、福祉施設や小学校でバスケを教えたり。プロの試合を見るのもいいけど、それだけじゃなくて少し年長の近所のお兄さん・お姉さんがあこがれになってくれたら嬉しいですね。
——バスケを通して人生や地域が豊かになったら、素敵ですね!
安部さん:自分にとっては、高校時代に教えていただいた顧問の先生が原点なんです。
練習は厳しかったけど、バスケの技術だけでなく人間的にもすごく成長できたし、そのおかげで3年生最後のウインターカップで準優勝という結果を残すことができて、親や周りもすごく喜んでくれました。
GRANDIRはフランス語で「成長する」という意味があります。
県内でも決して飛び抜けた選手でもなかったぼくがここまで来れたのは、先生との運命的な出会いがあったおかげです。
だから、こんどはGRANDIRに来てくれたこどもたちにとって、ぼくとの出会いが成長に繫がり、喜びに繋がってほしいと思います。
香川から、そんなこどもたちがどんどん出てきてくれたら嬉しいですね。
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壁を乗り越えて成長していけるよう、暖かく見守っています。
——GRANDIRを一般社団法人というユニークな形にしていますね
安部さん:地域性や育成をメインにしていきたいし、利益追求のためではないのでこの形にしています。
あと、県内でも最近はクラブチームが増えてきていますが、個人が立ち上げたチームだと運営が不透明だったり、どういう理念なのか分かりにくかったりというところもあるんです。個人の事情で1年でなくなってしまうようなところもあります。
法人化することで会計も体制も透明化できるし、継続的に運営する責任を自分がしっかり負うことで、親御さんにも安心してこどもたちを任せてもらえるというのは大きいですね。
——お話を伺っていると、言葉の端々からバスケに対する愛情、情熱がすごく伝わってきます
安部さん:ぼくの場合、人生のその時その時で幸運なことが重なったんです。
中学のときにバスケが強化対象になったおかげで上達できたし、高校では雄太といっしょに全国大会で好成績を収めることができたし、大学を卒業するタイミングでBリーグができて、それならひとつやってみようとプロの世界に飛び込むことができました。
バスケのおかげでここまで来させてもらったことに本当に感謝していますし、だからこそバスケに恩返ししたいというのはやっぱりありますね。
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レッスンは楽しく真剣に。
地域の人がバスケに触れることができる場所を
——現在の活動で課題はありますか
安部さん:一番の課題はスタッフです。いまはほぼ1人ですべてやっています。
自分と同じ熱量でやってほしいとつい思ってしまうので、なかなかこれはという人に巡り会えていないです。それに正社員レベルの報酬はいまの収益では難しいというのもありますね。
あと、場所の問題もあります。どこかに拠点を持ちたいとは思うんですが、なかなか適当なところがなくて。
現在は、東は屋島、西は多度津までいくつかの体育館を転々としています。こどもたちも三木から観音寺まで県内全域から集まってくれて、そのことはとても嬉しいんですが、保護者の送り迎えの負担を考えると、やっぱりどこかに固定したいと思います。
——バスケの活動費もかかりますよね
安部さん:大会に1回出場するのにも、登録費や遠征のための交通費、宿泊費を合わせるとかなりの費用がかかるんです。
保護者の負担を少しでも小さくして、こどもたちが安心して活動を続けるためにも、スポンサーを探していかなければと思っています。
クラブやスクールの運営に協賛してくれる人も募集していきたいです。
——こどもたちにとっては、部活動の地域移行という課題もあります
安部さん:今はまさに過渡期にあって、うちのクラブチームにも部活動と掛け持ちしている子もいます。どちらかに決めた方がいいとは思うんですが、部活動しか参加できない大会、クラブチームしか参加できない大会があったりして、混沌とした状況の中にいる今のこどもたちはかわいそうだなと思います。
初心者でも誰でも楽しめる場として部活動はあった方がいいし、一方でより自分のスキルを磨きたいときはクラブチームに来てもらえればと考えています。
部活動がなくなったらバスケに触れる機会が少なくなり、バスケ人口の減少にもつながります。一方で学校の先生に負担がかかることや、能力の高い子が能力を伸ばす機会がなく埋もれてしまうこともなんとかしたい。
だから、部活動とクラブチームが棲み分けて両立するのが一番だと思います。
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年代も地域もさまざまなメンバーが集まります。
——将来の夢を聞かせてください
安部さん:10年後に叶えたい夢は、自分の体育館、施設を持つことですね。
いまのペースでは全然たどり着けるかどうか分かりませんが、地域の人も自由に使えてバスケに触れることができる、そんな開放された場所にしたいです。
自分の課題は、バスケのことしか考えていないこと(笑)。夢を達成するためにはバスケのことだけじゃなくて、別の視点から見ることも大事だし、もっといろんなことを学ばないといけない。
それが何なのか今は分からないけど、なにかできることはあるはずだと思っています。
——いえいえ、バスケのことをこれだけ考えている人はなかなかいないと思います!
安部さん: 幼なじみからは「変わってるよな」「まさかそこまでやるとは思ってなかった」とよく言われます。バスケへの熱量と、自分はできるという勘違いがあって、ここまで来たんだと思います。
とにかく、ぜひ体験に来てほしい!バスケってこんなに楽しいんだ、自分でもここまでできるんだというのを感じてほしいですね。
取材を終えて
さわやかな笑顔の奥には、それはそれは熱くて尊いバスケへの愛が込められていました。
高校は周囲の反対を押し切って進学、勉強においては学年1位を取り続け、大学は推薦がもらえる条件をクリアし、教員採用試験は受けずにプロになり、地元でこどもたちにバスケを教えるコーチに。
すべての原動力は「バスケが好き」であることから自然発生している「熱量」。安部さんからはそれをひしひしと感じました。
そして、決めたらやる!約束したから実行する!中途半端な想いでは絶対に成し遂げられないようなことをやりきっての今があるんだな、と思いました。
有言実行とはまさにこのこと。自分ならできると勘違いしている、とおっしゃっていましたが、勘違いできるのは根底にある自信と、それにつながる努力があったからこそだと思います。
「成長する」という意味のGRANDIR。こどもたちの成長はもちろんのこと、どんどん成長し続けている安部さん率いるGRANDIRさんの今後がとても楽しみです。
10年後の夢、きっと安部さんなら叶えられると思います!
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練習中は時には厳しく、でも終われば笑顔の安部さん。お忙しいところありがとうございました!
GRANDIR
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