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聴かせて!「邑地秀一郎さん」のわがこと

今回のきかことは、初めてとなる個人の方への取材です。大手前高松中学・高等学校で中高一貫コース長を務める邑地秀一郎さん。
授業だけでなく進学指導などでも実績を残されている名物先生ですが、実は学校でも最近まで内緒にしていたもう一つの顔があるのです。それは一体?
(ヒント:今回の記事はやたら「笑」の字が多いです)

「聴かせて!みんなのわがこと(きかこと)」とは?
香川県内でとても素敵な活動をされている個人や団体にスポットライトを当て、「共感の輪が広がっていってほしい」という想いから、その活躍や想いなどのわがこと(我が事)をインタビュー形式でお届けします。

Vol.20
大手前高松中学・高等学校 邑地秀一郎さん

お笑いで英語の成績がアップ!

——今日はよろしくお願いします。実は前回取材した「合同会社Biryoku」の藤澤さんから「『香川大学に起業部っていう面白い部活があるよ』と教えてくれたのが邑地先生だった」と伺いました。

邑地さん:私が以前香川大学大学院の地域マネジメント研究科で学んでいて、起業部のことを聞いていたんです。そうしたら藤澤くんが起業に興味があるようだったので紹介したんですよ。

——学校の先生をしながら大学院に通っていたんですね。どんなことを研究されたのでしょうか。

邑地さん:以前文化祭で生徒に「お笑い」をやらせたことがあったんですが、クラスの大半の生徒が第一志望の大学に現役合格した、ということがあって。自分の中で「お笑いが学力にいい影響を与えるのではないか」という仮説を持っていたんです。
それを担当教官に話したら「それを研究テーマにしてみたら?」と言われて、それならやってみようと。担当していた中3の生徒に英語でお笑いをやらせてみて、それがどういう結果に繋がるか、というのをまとめました。

インタビューの様子

——どんな結果が出たんでしょうか?

邑地さん:はっきりと英語力が伸びました。それも不真面目な生徒と、スベった子が(笑)。

ふだんはあまり勉強に熱心でない子が張り切っていい結果を残してくれたのは驚きました。一方で、あまり笑いを取れなかった子もそのあと成績が伸びたので、理由を聞いてみたら「笑いが取れなかったのが悔しくて、英語の勉強を頑張った」というんです。
ウケてもスベっても、成績が上がるなんてすごい効果だなと(笑)。

英語でお笑いをやると、そもそもウケなくてもいいんですよ。だって英語でお笑いにチャレンジしていることがそもそもすごいし、聞き手にとっても英語の勉強になる。
なんなら笑えなかったのは聞いている自分たちの英語力の問題かも、って思わせられるんです(笑)。

——それはすばらしい効果ですね(笑) いまでも授業でお笑いをやっているんですか?

邑地さん:大手前高松では表現技法の授業というのがあって、中3はパフォーマンスをテーマに学びます。パフォーマンスだったら何をやってもいいんですが、僕がパフォーマンスの講師をやっているせいか、ほとんどの生徒がお笑いをやります。
年度の終わり、卒業式のあとに保護者の前で成果発表会をするんです。だから、卒業式なのに自分たちが発表するネタのことが気になってだれも泣いてない(笑)。

「合同会社Biryoku」の藤澤さんと
藤澤さんについては前回記事をご覧くださいね


後輩を育てる楽しみ、組織を成長させる楽しみ

——邑地先生もご自身がお笑いをされていたと伺いましたが、いつ頃のことでしょうか?

邑地さん:大学時代にお笑いサークルに入っていました。
僕が行っていた早稲田大学にはお笑いサークルが2つあって、ひとつはOBに光浦靖子さんもいる名門の「寄席演芸研究会」、もうひとつが僕のいた「お笑い工房LUDO(ルード)」でした。

僕が入る前のLUDOは1年生が0人、2年生も1人だけ。寄席研は当時部員が50名くらいいたけど、LUDOはたったの9人しかいなかったんです。それでどっちに入るか考えて、人数が少ない方がたくさん舞台に出れそうだなと思ってLUDOに入りました(笑)。

そこからサークルの部長になって、新歓ライブや新入生の勧誘を頑張ったんです。ライブはあまりウケなかったんですが、熱意が伝わったのかどんどん才能のある人が入ってくれて、卒業する頃には部員も80人ほどになっていました。
そうなるとお笑いライブにもお客さんが来るようになったし、サークルも強くなって出た大会はほとんど勝ってましたね。ちなみに僕の1学年下には「ひょっこりはん」、2学年下に「ハナコ」の岡部がいました。

「お笑い工房LUDO」時代の一枚。
仲間たちといっしょに。

——おお、知ってる名前が!サークルをそこまで盛り上げたのもすごいですね。もともとお笑い志望だったんですか?

邑地さん:いえ、高校時代は滋賀の県立高校で体育科にいて、陸上競技をやってました。ちなみに「ひょっこりはん」こと宮下くんは高校からの友人で、体育科の同級生(ソフトテニス選手)だったりします。
陸上では好成績を収めて近畿大会に出たこともありましたが、高2から高3の間はケガ続きで思ったような結果を残せませんでした。それでスポーツでの進学を諦め、一般入試で大学を目指すことにしたんです。

体育科の仲間のほとんどがスポーツ推薦で進学したり公務員になったりするなかでの受験勉強はなかなか大変でした。でも、「スポーツのほうが勉強より大変なんだから、やってみればなんとかなるだろう」という根拠のない自信もあって(笑)、1年浪人の末に無事合格できました。
高卒の母親が「大学受験のことは分からないけど、せめてなにかの参考になれば」と買ってきてくれたのが当時人気だった「ドラゴン桜」だったんですが、その通りに勉強したおかげで合格できた気がします(笑)。

——うちの子にも読ませます(笑)

邑地さん:ちなみに体育科にいた40人のうち5人が一般入試で大学を受けたんですが、関西大や京産大に現役合格した人もいました。
宮下くんは高校時代は360人中359番を取ったこともあるくらい勉強ができなかったんですが、そこから2浪の末に合格して早稲田に入ってきたんですよ。

そんな彼らを見ていて、受験指導や進学指導次第で、どんな生徒でも可能性はあるんじゃないかって思うようになりました。大手前にも受験指導がやりたくて入ったんです。

「ひょっこりはん」宮下さんと。
高校以来の友人とは、いまでも連絡を取りあっているそうです。

——そんなことがあったんですね。そしてそこから、大学ではなぜお笑いを始めたんでしょうか。

邑地さん:最初はアイスホッケーサークルに入ったんです。3ヶ月くらいやってそこそこうまくなったんですが、それでプロになれるわけでもない。目標が見つからなくなってやめました。

スポーツに代わる熱くなれるものを探していて、お笑いならM-1とか学生の大会もあるから、いいんじゃないかと思ったんです。もともとお笑いが好きでしたし、大学になってからでもやれるし、どんなに稽古してもケガしないし(笑)

最近でこそ大学でお笑いが人気になっていて、そこからM-1王者の令和ロマンさんとか有名な芸人さんも出ていますが、僕が大学に入った頃は大学でお笑いって流行っていなかったんです。
でもそんな中で、他大学で同じく人数が少なかったお笑いサークルと一緒に合同お笑いライブをやったりしてみんなで盛り上げていったら、だんだん人気が出てきてサークルも大きくなっていきました。
そんな風に後輩を育てて組織を成長させるっていう経験ができたのは楽しかったですし、すごくやりがいがありましたね。

ピン芸人として「R-1グランプリ2011」に出場し、2回戦に進出した時の写真。
ネタは「ポケモン世界の公務員が心臓発作を起こしながらポケモンに関するショートコントを連発する」というもの。ちょっと何言ってるか分からない(笑)

四国ナンバーワンの中高一貫校を作りたい

——高校で陸上競技、大学でお笑いとまったく異なる道を歩んで、そこからさらに学校の先生という新たな道に進まれたのですね。

邑地さん:芸能事務所からのお誘いもあったんですが、就職活動を始めた当初は普通に総合商社に行きたいと考えていました。でも、大企業はもう伸びしろがなくてあまり面白くないかな、と内定をいただいた後に思い直したんです。
そういえばサークルで後輩を育てるのが好きだったな、それなら人の成長に携われる、教員の仕事をやってみたいなと。大学は英文科にいたので、英語の教師になろうと決めました。

ただ、それまで教員になろうと思ってなかったので教育実習をとっていなくて、教育実習のためだけに科目等履修生として卒業後に単位を取りました。
せっかく時間があるのならと、大学には最低限通って、あとは英語を学ぶためにフィリピンに留学したり、東南アジアを旅したりしてきました。フィリピン英語ってすごく発音がきれいで聞き取りやすくて、いい英語の勉強になりましたね。

——香川に来ることになったのはなぜでしょうか。

邑地さん:公立より私立の方が転勤とかないのでじっくり工夫して教えられるかなと思って、日本中の私立学校をいろいろ調べてみたんです。最終的に三重と埼玉の学校と、大手前高松の3校から内定をもらったんですが、その中で1回も行ったことがないのが香川県でした。
本気で教員の仕事と向き合うために、周りに誰も知り合いがいないところで逃げ道を作らずにやってみようと思って、香川に来ることにしたんです。

それと、大手前高松以外の2校はほぼ完成形に近い学校だったので、大手前がいちばん伸びしろがあるし面白そうだった、というのもありますね。
あと、東京や大阪近辺だとついお笑いを見に行ってしまって、お笑いの世界に戻ってしまいそうだなと思ったのもあります(笑)。

フィリピン国内を旅している時の一枚。
おばちゃんたちもステキな笑顔!

——大手前高松ではどんなことに力を入れていますか?

邑地先生:四国ナンバーワンの中高一貫校を作りたい、と公言していますし、生徒たちとも一緒に作っていこうと言っています。
たとえば、オープンスクールは当日すべての運営を生徒が仕切ってくれています。ありのままの生徒たちを見て、いいと思ったら受けてください、というスタンスでやっています。
カリキュラムは他の学校とそんなに変わらないかもしれないけど、生き生きとしているうちの生徒たちを見て選んでくれたらいいなと。

——生徒が自分たちで考えて動くというのはすごいですね!目標に向けた具体的な取り組みなどありますか?

邑地先生: 香川県は他県と比べて真面目な人が多いので、新しいことをやろうとしても「リスクをいろいろ考えてしまう→決められなくて時間ばかり過ぎる→結局なにもやらない」ってなりがちなところがあります。
この順番を逆にして、「とりあえずやってみる→ダメだったらやめる」っていう風にしています。
私立は公立ほどお役所の意向にとらわれないから、新しいことでもわりと取り組みやすいというのはありますね。たとえば、中1のクラス替えは年5回やっています。

——え?席替えじゃなくてクラス替えですか?

邑地さん:そうです。クラス分けの問題は人間関係が固定化すること。「教育ガチャ」というか、どうしても合わない同級生がいたり、担任と合わなかったり…ということもあるので、それなら頻繁にクラス替えしたらいいんじゃないかと考えたんです。
やってみて思ったのは、クラスという仕組みはメリットもあるけどやっぱりデメリットがあって、どうしても担任がクラスを運営するには「クラス対抗」になりがちなところがあるんです。
混ぜ続ければ学年全体が1つのクラスみたいにまとまることができます。休み時間もクラスに残る子はあまりいなくて、他のクラスの子と遊んでますね。担任も3人で2クラスをローテーションしているので、生徒たちも自分に合った先生に相談できるんです。

それから、中学校は定期テストもなくしました。一夜漬けの勉強に順位を付けるのは意味がないよね、と。その代わり、成績につながらない実力テストと、プレゼンのテストをやっています。

生徒さんたちといっしょに出した学校紹介のブース。
生徒の自主性に任せ、個性を伸ばすようサポート。

——プレゼンのテストですか?どんなことをやるんでしょうか?

邑地さん:総合学習として「地域理解」「国際理解」「ソーシャルビジネス」について学ぶんですが、学んだことを先生や生徒の前でプレゼンするんです。
圧倒的な表現力を身につけよう、ということで「表現技法」という授業もやっていて、そのなかでプレゼンの技術を学んだり、演劇をやったり、さっき話したパフォーマンスに取り組んだりしています。
人前が嫌だとかではなく、ワクワクするようになってほしいなというのはありますね。

——こんな学校なら生徒さんも楽しそう!授業にお笑いを取り入れたのも、そんな取り組みの一環というわけですね。

邑地先生:実は、学校ではお笑いをずっと封印していたんです。生徒たちにも話していませんでした。2018年の元旦に「ひょっこりはん」がテレビに出てプチブレークした時に生徒たちにカミングアウトして、そこからですね。

ただ、授業に取り入れてみると思わぬ効果があったし、改めてお笑いっていいなって思い直しています。

邑地先生は中高一貫コースのコース長という重責も担っておられます。
その一方で新しいことにもどんどん取り組まれている、まさにスーパー先生。


挑戦する文化を香川に作りたい

——これからの目標や、やってみたいことはありますか?

邑地先生:本業では「大手前高松を四国ナンバーワンの中高一貫校に」という目標があるので、それに向けて頑張りたいですね。

もちろん志望大学に合格できればベストですが、学校での学びや受験を通してその子がどれだけ成長できるかというのが大事で、合否はその次だと思っています。

——結果も出しつつ、結果よりも過程を大事にされているんですね。

邑地先生:香川県は大学入試よりも高校入試にすごく価値を置いているところがあるなと感じています。高校によって進学成績がはっきり分かれているし、どこの高校に行ったというのをすごく意識してますよね。
高校が序列化されているから、入試で失敗しないためには行きたい高校じゃなくて、確実に行ける高校にランクを下げて受験する。それって見方によっては挑戦の機会を失っているともいえます。

大手前高松に高校から来る生徒には、公立高校の入試で不合格になった子もいます。
でも、それのなにがあかんの?挑戦したんやろ?チャレンジした心意気は素晴らしいよ、って言ってあげているんです。
もっと多様な選択肢があっていい。挑戦する文化を香川に作りたいですね。香川から全国へ、そしてさらには世界に出ていく人材が育つ文化を育てたいなって思ってます。

——挑戦することの大切さ、ですね。お笑いにはこれからも挑戦されるのですか?

邑地先生:実は昨年からM-1グランプリにエントリーしているんです。相方は今中学3年の生徒なんですが、2年の時に弟子入りしたいと僕に言ってきまして(笑)。
昨年の夏、試しに「二者面談」っていうコンビ名でM-1の広島予選に出たら1回戦でナイスアマチュア賞を取ってしまって、YouTubeにもあがってます(笑)。

——それはすごい!

邑地先生:いや、コンビ組んでから予選まですぐだったのでネタも仕上がってなくて、動画が上がってみんなに見られるのが怖くて怖くて…夜も眠れなかったです(笑)。
でも意外にも周りからの評判が良くて、そうなると引くに引けなくなり、今年もM-1に挑戦することになりました。

1年間いろんなところでステージに上がらせてもらって漫才を磨いてきました。夏祭りとかスポーツイベントとか、誰もお笑いを求めてないステージにあえて出ることで鍛えてきたんです。それも全部新ネタです。
すべてはM-1で勝つため。ナイスアマチュア賞で終われない(笑) その甲斐あって、無事M-1グランプリ2024で2回戦に進出しました!

「二者面談」の漫才風景。相方の中学3年生吉嶋さんと。
教師と生徒という異色のコンビですが、実力も折り紙付き。

——おめでとうございます!それにしても、香川県民はおとなしい人が多いのに、「二者面談」の相方さんをはじめ、生徒さんたちがどんどんお笑いに挑戦しているのがすごいなと思います。

邑地先生:僕ね、香川県民って「お笑いムッツリ」だと思ってるんです(笑)。お笑いなんて興味ないですよ、みたいな顔してるけど、実は面白いこと大好きなんですよ。
生徒たちに「今日はお笑いの授業だ」っていってショートコントの作り方を教えると、最初は照れてるけど、追い込んだらやるし、やったら面白いんです。

お笑いってぶっ飛んだ発想が必要じゃないですか。正解をきちんと踏まえたうえで、それをあえてズラすのがお笑いなんです。
香川県民は「賢いこと」を重視するところがあるけど、でもぶっ飛んだことをやってもいいじゃないか、みんなで面白いことをやっていこうよ、って思ってます。今度お笑いライブもやりますよ。

お笑いにしても教育にしても、どんどん挑戦する文化をこれからつくっていきたいですね。


取材を終えて


意外な過去の経験と、軽妙な語り口。とにかく、驚きと笑いの絶えないインタビューでした。

陸上を頑張っていた高校時代から教師として活躍している現在までのお話を聞いて、一貫して感じたのは、とにかく努力して実績を残してこられているんだな、ということ。そして、もちろん自信もあるんだけど、熱意がすごい!目標を達成するためにはどうすればいいか?を常に前向きに考えて取り組まれているように見えました。
人や学校(組織)の成長、香川県の教育の在り方、そして日本の…。きっと変えられる、邑地先生なら変えていっちゃいそう!という勢いを感じました。

こんな先生が学校にいたら、そりゃ楽しいだろうなー。勉強やお笑いだけじゃなくて、物事に真剣に向き合うことの大切さを学ばせてくれそうな気がします。
邑地先生、縁もゆかりもない「お笑いムッツリ」な香川県に来てくださって、ありがとうございます。これからのご活躍も楽しみにしています!

「二者面談」の決めポーズで集合写真。
2時間ずっと笑いっぱなしの取材でした。邑地先生ありがとうございました!

邑地先生SNS
YouTube(「二者面談」チャンネル)
https://www.youtube.com/@nishamendan0802
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https://twitter.com/Shu18218854


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