櫻井優衣のためにホームランを打った男(後編)


 前回の続きです。前編はこちらからどうぞ。

 


 これ以上点を取らすわけには行かない。円陣を組んだ。長い野球大会の歴史の中でも初めて日本が優勝できるチャンスを、チーム全員がものにしたいと思っていた。

 私はこのチームにいて初めて気づいたことがある。誰も眼が死んでいなかった。リーグ戦の時、大敗していたら集中力が切れて目が死に、全く動かない人でいっぱいだったが、今日は違った。不甲斐ない内容の人も結果出している人、全員が全く諦めていなかった。櫻井優衣も6点差つけられていても悲しみをこらえ応援していた。

 しかし、韓国が強すぎる。塁に出られないどころか、バットにかすりもしない。あっけなく、7回裏は終わった。

 日本は5回から中継ぎでリレーしている。素晴らしい投球をしていて、点を許していない。特に、食堂の店員で出ていた21歳の岡田という駆け出しの俳優は良かった。中々出番がなかったのに、ここ2試合で誰もランナーを許していない。岡田も少し注目され始めた。

 8回裏、先頭のFRUITZIPPER真中まなが死球で出塁。誰かが塁に出るだけで球場は盛り上がった。次の我妻なんとか食らいつこうと頑張った。緩い当たりのセカンドゴロだった。しかし、ヘッドスライディングで飛び込みチーム全体に活力を入れることができた。

 櫻井は私をみて感動した。私の最後まで全く諦めず体を張って何とか勝利を目指してる姿をみて涙があふれた。私がベンチに帰ってくると、「いつもありがとう、かっこよかった。」と肩をたたいて話してくれた。私はニヤリとしてしまった。

 その後2アウト1,2塁で2番が左中間への3塁打を打ってランナーを全員返した。打った瞬間勿論、ベンチは大盛り上がりだった。

 9回表も優秀な中継ぎが0で抑えた。

 その裏。4点差ある。私まで回るのに3人塁に出ないといけない。難しい事だが、ベンチでは絶対に「我妻まで回すぞ。」と皆口を揃えていっていた。打率0.337、15発と圧倒的な成績を残しているのは自覚していた。しかし、わたしのような人間をチームのみんなが信頼してくれたことに感動した。生きていてよかったと心から思った。

 相手ピッチャーは勝利を確信していたのか、絶対的守護神を出さなかった。知らない人だった。

 いきなり先頭の4番が初球は左安にした。高めを思いっきり引っ張った。5番の女性はこれも初球打ちだった。あたりはいいわけではなかったが、二遊間を抜けるゴロヒットだった。ノーアウト1,2塁のチャンスに球場は外野もないやも立ち上がって応援していた。とてつもない熱気が我々選手に届いていた。

 「頑張れ、頑張れ、日本」その声が大きく響いた。選手たちも全員がベンチの前まできて、応援するようになった。

 しかし。韓国のピッチャーが変わった。絶対的守護神キムに変わった。簡単に打てないのは誰もが分かっていた。

 その通り5番、6番とバットにも当たらず三球三振。我妻まであと一人。
7番の真中。打率は低いが一生懸命にやっている。球場の望みは一つ、とにかく我妻まで回せ。真中もわかっている。初球を強引に振った。

 ボスッ。聞きなれない音だった。しかし球は三塁線切れるか切れないかのあたりだった。死んだ打球だった。キャッキャーは取った。しかし、その時には真中は一塁にいた。

 球場は今日最高潮の盛り上がり。もはやチーム、球場のファンだけではなく、日本全体が私に期待した。最後のチャンスで私に回ってきて、櫻井はずっと祈りながらこっちを見ていた。私はその様子を認識し、ニヤリとした。

 今の私は一人で日本を背負っている。それを実感し。打席に向かった。私の名前がコールされた瞬間、大歓声が起きた。頑張れよ、お前しかいないなどと言った、励ましが聞こえた。

 チャンステーマが鳴り響く中、全員が僕の姿を見ている。初球は見逃してボール。2球目もボール。それは打ちたいと思う球ではなかったから、振らなかっただけで、ストライクでも良かった。

 私は一回ベンチを見た。チームメイトが拍手してくれた。櫻井はずっと真顔でこっちを見ていた。

 3球目見逃した。ストライク。私は一回無になろうとした。そうすると、心臓の音が聞こえてきてしまい、余計にリラックスできなかった。そろそろ仕留めると私は決めた。私に全く迷いはなかった。

 4球目内角に来たボール。打ってやろうと思った。タイミングは完全にあった。軌道も見えた。私は思いっきりパワーで振りぬいた。

 その弾道を見てベンチから一斉に飛び出してきて、スタンドの人達全員立ち上がって行け、行けと球に願いを込めた。大歓声に支えられた球はバックスクリーンに飛び込んだ。9回2アウトからの同点満塁ホームラン。

 それをみてチーム、ファンのみんなが狂喜乱舞の大騒ぎになって、この奇跡の出来事を飛び跳ねながら喜んだ。全員私の方を見て拍手やエールを送って讃えていた。その私は一切顔を変えずに真顔で回った。しかし、ホームに帰ってきたとき、美女3人がいて、ハイタッチをしながら笑顔で声を掛けてくれたので、思わず口角が上がってしまった。

 こんなに間近で美女にハイタッチや言葉をもらったことは一度もない。私は感謝したベンチに戻ると、祝福のキックやハイタッチの嵐だった。そしてベンチの女性メンバーには色んなところをたたかれて、嬉しさのあまり天国にいるみたいだった。

 私は椅子に座った。すると、櫻井優衣がやってきた。涙を見せながら握手を求められた。

 「私を救ってくれてありがとう。一緒に野球やってくれて本当にありがとう。」

 私はニヤリとしながら「あとで、ジュースおごってね。」と言った。

 「うん。」と満面の笑みで返してくれた。

 次の回で私が守備に就くと、大歓声が起きた。球場の人が私を確認した時拍手の嵐とコールが響いた。私は帽子を取ってお辞儀した。私は生きていてよかったと思った。

 日本は優勝した。1番バッターのサヨナラ本塁打だった。しかし、私の中では櫻井優衣の為にホームランを打ち笑顔を見せてくれた事の方が少し嬉しかった。


 

 

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我妻
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