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【audible】「硝子の塔の殺人」聴了
読書を終えたことを読了と言うなら、audibleを聞き終えたことを聴了と呼んでみる。
先日audible契約を再開して、1冊目を聴了した。
ちなみに電子書籍はこちら。
作者の知念実希人は不勉強にして知らなかった。1980年代後半の頃に島田荘司、綾辻行人から始まった新本格ミステリーの継承者というか、復刻というか、その旗手として有名らしい。
でも、当時リアルタイムに御手洗潔や島田潔を読み込んだボクにはその後の「これぞ新本格!」は食傷気味で避けてた。島田とか綾辻の初期作品の頃のようなワクワク感がまったくなくて、「またか。出版社ももうこういう二番煎じな広告辞めようよ」と斜に構えていた。
しかし、audibleを再開ということで、ミステリーの一番人気に上げられていた本作を聞いてみることにした。そしたらこれがもう、舌を巻くというか耳を巻くというか、文章がとても上手い。そして朗読している声優さんがとても上手い。単行本だと500ページもあるらしい長編をこの3日間で一気聴きできたのは、この声優さんの朗読による。高梨謙吾さん、ほんと、上手。
前回の記事でも書いたけど、audibleのいいところは良くも悪くも「ながら聴き」ができること。本来の読書のように目を奪われることはないので、ゲームをしながら、運動をしながら、なんなら読書をしながらでもaudibleを聞ける。
ボクは集中力が必要な作業(仕事とか読書とか)以外は、この3日間ずっと本作を聞いていた。
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目録では18時間かかるaudibleとなってる。それを1.3-1.5倍速で聞いた。だから多分12時間ぐらいで聞き終えたんじゃないかな。
audibleがどうこうより、作品そのものが大変面白かった。あとがきで島田荘司自身が書いているように(audibleにはあとがきも朗読として入ってる)、嵐の山荘という舞台を用意して、個性的な登場人物たち、3つの密室殺人に、超人然とした名探偵など、ガチガチの本格ミステリーを踏襲しながら、最初に犯人が明かされている倒叙物となっており、さらに「実は・・・」というどんでん返しが待ってる。
ミステリー好きなら知っての通り、倒叙物は難しい。ドラマだと「刑事コロンボ」が有名だけど、読者もしくは視聴者はすでに犯人を知っているから、殺人事件の謎自体に興味はなく、犯人のどこにミスがあったのか、探偵がどうやって犯人を見つけ、自白へ持っていくのかに興味が移る。
だから本作も最初の段階で「えー、倒叙物~。こんなので18時間も持たせるのー?」と思っていたら、実は違った。その後起こる連続殺人は本人が知らないところで起こる。つまり読者にも犯人が分からない。「この館でなにが起こってるの?」と狐につつまれる。
すべての伏線が回収されるわけではないので、名探偵の講釈が終わっても「これで終わりじゃないよね?」と思ったら、そこからが本作の本番だった。
そこで明かされる真の謎と犯人、そしてエンディング。このエンディングが素晴らしい。
ボクが綾辻より後に出てきた本格ミステリーにほとんど興味が沸かないのは、あまりにもトリックに凝りすぎて、ストーリーが軽い作品が多いからなんだよね。ま、それでも当時は夢中になって読んだものだけど。
しかし、本作は本格ミステリーの形式を踏襲しながらも、「ラノベか!?」というほど終わり方に爽快感と透明感、そして少しほろ苦い後味を残す。この人、ミステリーでなくても、普通に小説家としてもいい作品を書けるんだろうなって感じた。
でも、じゃぁ、知念実希人という作家を追うかというと、今のところ「もういっかな」と感じてる。本作だけかもしれないけど、脱線が多くて、作者もそれを分かっていて味付けのためにやってるのは理解できるけど、あまりにも多過ぎて最後はうんざりしていた。
特に名探偵が講釈を垂れるシーンは推理小説では一番面白いところで、読者もワクワクしながら読む箇所なんですよ。作中にばらまかれた伏線、一見意味不明だった名探偵の言動などが論理的に説明され、1つの筋として一気に明かされる爽快感を味わう箇所なんだよね。
しかし、本作はとにかく脱線が多くて「もういいよ、その薀蓄」とうんざりしてた。
これが本だと飛ばし読みできる。多分読書をしていたら2-3ページをすっ飛ばして読んでいたと思う。
でもaudibleではできない。「また始まった」とうんざりしながら、本線に戻るのを待たないといけない。
それが1回や2回なら愛嬌とかキャラの特徴付けということで我慢できる。しかし、本作は殺人が起こっている途中も、そしてジェットコースターのような爽快さが求められる名探偵の推理披露場面でも、作者をぶん殴りたくなるぐらい脱線する。
推理小説が好きな人ならエラリー・クイーンやポーの薀蓄なんて耳タコなほど知ってるから「どうでもいいんだよ、そんなこと」と、作中の刑事の言葉に激しく同意する。
一方で推理小説をほとんど知らない人なら、それこそ「どうでもいいんだよ、そんなこと」と興ざめすると思うので、誰にも得する部分ではない。
それが多過ぎる。もう名探偵が明かす場面まで来たから仕方なく聞いていたけど、3つめの殺人事件の頃だと「うーん、聴くの辞めようかな。うざいわ、脱線が」と感じてた。
そこに目を瞑れば、何回も書いたように、本格ミステリーファンも納得の舞台、フェアな構成、密室トリック、エンディングと文句のつけようがない。
本作はシリーズものではないようだけど、この悪癖が他の作品でも出ているなら、ボクはこの1冊だけでいいや。それぐらい脱線がうざかった。100点満点の本格ミステリーモノを1点に落とすぐらいにまで台無しにしてる。