【学マスSS】有村麻央〜親愛度コミュ4話after〜①
親愛度コミュ4話と5話の間、妄想です。
学園寮に着くと、喧騒と共に現実へ引き戻された。
下校中ずっと、あのプロデューサーに言われたことが頭から離れなかった。
『あなたは可愛い』
『俺があなたを、好きにならせます』
西陽の射し込む玄関ホールは、レッスンを終えた下級生達で溢れかえっている。
皆、ボクの存在に気がつくと、向き直って軽く会釈をくれる。
ピチッと着こなした制服の胸元にだらんと垂れた淡いリボンと、艶と張りのある長い髪がこちらを手招きするように揺れた。
対してボクも、いつものように軽く手をかざし目線を送る。
なにか一言…たわいも無い言葉をかけた気がする。
それに、ささやかな黄色い悲鳴が橙色のホールに響くが、ボクの心が震えることはなかった。
(いつからだろう…)
そのままホールを横切り、非常階段のドアへ向かう。
重たい鉄の扉はボクが全体重をかけて引かなくてはビクともしない。
「麻央先輩って頑なにエレベーター使わないよね〜」
「うーん、体力作りかな?」
ゆっくりと閉じていく鉄の扉の隙間から、ロビーに残った女子生徒達の話し声が聞こえた。
(一体、いつからこうなってしまったんだろう…)
子役だったあの頃、まだ王子様だったあの時。
劇場一杯を覆う歓声が世界で一番好きだった。
ボクを見上げる観客の熱い視線が、ボクに無敵の輝きを与えてくれていた。
(なのに………)
それが、年齢が上がるに連れて空虚な木霊となって心の底に落ちていくようになってしまった…。
そうして、空っぽの心が演じる歓びすら呑み込んだ時、劇団をお払い箱になった。
それでも劇団を自分から辞めたのは、周りが疎ましく思う前に消えたかったから。
なにより、あのまま腐っていては”自分の中の王子様”が薄らいでいってしまうような気がしたから。
だけども、劇団辞めてからとうとうボクの中の王子様は見えなくなってしまった。
「見失わないようにしてたけど…。間違っていたのかな?」
ここは学生寮、非常階段。打ちっぱなしのコンクリと湿気しかいない舞台裏で、初星学園に来てから一番弱い自分が心の大きなところに巣食った。
(そんなこと考えるのはよせ!こんなの、ボクじゃ……)
(っ!あの人のせいだっ……!)
『自分が嫌いなアイドルはいない』
眩暈のように、あのプロデューサーの言葉が脳裏を過ぎる。
今までボクは”王子様じゃない自分”を愛してこなかった。
なのに理想とは違う自分が自分の中でどんどん大きくなって、なりたいボクはボクの中でこんなちっぽけになってしまった。
心の飢え。愛を与え忘れたこの心は、本当にあの頃の感動を取り戻せるのだろうか?
階段をゆっくりと昇り始める。
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2階の踊り場に差し掛かると、活力に溢れた声が聞こえた。
あまりに大声だったもので、喧嘩かと思ったが、よく聞くとそうではないらしい。
「ぐや”じい”〜〜〜悔しい!悔しい!!」
それは、姉妹のやり取りだった。
「は〜はっは〜!」
「…佑芽!私に勝つにはまだ早いわ」
「なんの〜次こそは絶対ぜーったいに勝ってみせるんだから!!」
「そうよ!その意気よ!!それでこそ、私の妹よ!」
「佑芽、悔しかったら私に追いついて見せなさい!」
室内履きで地団駄を踏む音がする。
「うぅ〜〜〜いまにみてろよー!!!」
そう言い残すと一人と走り去ってしまったようだ。
この声は、花海姉妹か…。
今年度編入組首席の姉と合格ギリギリの成績だった妹。
同い年だが双子ではない。でも、血の繋がっている奇妙な姉妹。
(花海佑芽にとって姉は超えるべき目標で、咲季にとって妹は導き、切磋琢磨する相手という事か)
彼女達はこれからどんどん伸びて行くだろう。
特に姉はプロデューサー科からも引く手数多と聞く。
「…あっという間に追い抜かれてしまうな」
「……。」
ドアノブからそっと手を引き、踊り場へと引き返そうとした時だった。
「咲季お姉さまは何故そんなにお強いのでしょうか?」
姉妹とは別の声が聞こえた。
(この声は…一体誰だ?一年生なのは間違いない筈だけど…)
聞き覚えのない声は、少し震えた声で話し続ける。
怯え、というよりは話し慣れていないといった風な様子で。
「特に寮入り口前のラストスパートは圧巻でしたわ。佑芽さんと同じものを食べて、同じ授業を受けているはずですのに…」
「なにか、秘密の特訓をしていらっしゃいますの?」
「秘密の特訓って…そんな大層なことはしてないわよ」
「でも、そうね…毎日祈ってるわ、『明日も勝てますように』って」
「祈…る…?」
「えぇ、そうよ。意外?私が神頼みって」
「その…少し、」
「自慢じゃないけど、私は自分にできる努力は全てしてきてるの。運動と栄養の管理、適切な休養…アイドルは分からない事ばかりだけど、それでも一切の妥協をしていないという自負があるわ」
花海咲季は自信に満ち溢れた声で言う。顔は見えないが、きっと瞳は揺らがず、体からはある種のオーラが出ているのだろう。
それは、非常階段とを隔てる壁越しにも感じられた。
「でも、それだけじゃトップでいるためには足りない…あの子に勝つためには足りないの。自分の限界を突き詰めてなお、それを超えるような”なにか”がないといけないの…だから祈るの」
「勝つことだけじゃない、健康を祈り、幸運を祈り、大切な人にとって今日がより良い一日であることを祈る」
「もちろん、世界一の妹が私を越えていくこともね…!ー」
「さ、最後のは、勝利と矛盾しておりませんの!?」
「ふふっ…そうなのよね〜」
気がつくとボクは階段を駆け上がっていた。
胸が張り裂けそうなくらい苦しい。
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(自分の限界を突き詰めてなお、足りないか…)
麻央は駆け上がった先の踊り場で一人に立ち尽くした。
生まれ持ったものに恵まれなかった自分には痛い言葉だ。まだ、胸が疼く。
こんなにも痛みに弱いなんて、これも色々と無視し続けたツケだろうか?
(そうかい、すごく痛かったね)
(ごめんね…)
誰もが花海咲季のように強くはなれない。彼女みたく高くは飛べない。
空っぽの心の奥底でうずくまる、小さいままの王子様。
寂しくて、哀しくて、ずっと泣いている。
彼女を置き去りにはできない。
ボク一人だけでも側に居てあげないと。
「大丈夫だよ」と声を掛け続けないと。
(プロデュースは、やっぱり断ろう)
今まであそこまで真摯に向き合ってくれた人はいない、それは分かっている。
彼なら、ボクが抱える問題の本質を見抜いているのかもしれない。
『可愛くて、カッコいい、無敵の王子様系アイドル』
そんな風に言ってくれる彼なら、本当にボクをトップアイドルへ導いてくれるかもしれない。
それでもボクだけは、誰も愛してくれないボクを愛してあげないと。
「ありがとう。プロデューサーさん。このことに気がつけたのも、あなたのおかげです」
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太陽が地平線に吸い込まれていく。今はまだ夜か夕暮れかは区別がつかない。
彼女は階段を昇り始めたばかりだ。
※花海姉妹の解像度の低さが露見していますが、そこは許してください!!!
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