【学マスSS】有村麻央〜親愛度コミュ4話after〜②
前回↓
(プロデュースは断ろう…!)
『今年で最後、駄目なら諦めよう』そう思っていた。
でも、これは今までの後ろ向きな理由とは違う。
自分と向き合って決めたこと。
あぁ、気持ちも少し晴れやかだ。
夜の星達も心なしかいつもより輝いて見える。
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初星学園学生寮、4階、非常階段。
消えていく夕空を惜しみながら一歩一歩登る。
…急に人の気配を感じ取り、階段中腹で身じろきする。
どうやら踊り場に誰かいる。
ここは普段誰も使わない。寮には備え付けのエレベーターがあるから昇降にはみんなそっちを使う。
だからこそ、寮長のボクは”一人きりになれる”ここを秘密の場所にしているのだが…。
「…ここで何をしているんだい?」
色素の薄い長い髪、ゆったりとした服の上からでも分かるか細い体躯。
長いまつ毛の向こうで琥珀色の瞳は、ボクを通り越した遥か向こうを見ている。
「…別に。体力を付けようと思って階段を使ったはいいものの、足が棒みたいになって動けないだけ」
「ふふ…生まれたての子鹿みたいとはよく言うけど…本当にこうなるんだね」
「…面白い」
篠澤広。そうだ、彼女だ。
海外暮らしが長いとのことで、根緒(あさり)先生からは気にかけるよう言われていたが、それもどうやら取り越し苦労だったようで、入学式後はクラスメイト達と上手くやっていると聞いている。
寮には他にも問題を抱えている子も多いから、それらに忙殺されるうちに彼女のことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「篠澤さん…だね?疲れて動けないなら手を貸そう」
一目見ただけでは気が付かなかったが、玉のような汗が額から噴き出している。
貧血を起こしているのか、顔は青ざめ、遠くを見通していたあの瞳は実のところ本当に目の焦点が合っていなかった。
これは想像以上に危ない状況と見た。
「いけない!このままだと倒れてしまう。一旦、座ろう」
篠澤さんに肩を貸し、支えながらゆっくりと腰を下ろさせる。
足がいうことを聞かないみたいで、硬直し、折りたたむことの叶わないそれを踊り場一杯に伸ばして壁にもたれ掛けさせた。
(細くて顔立ちも綺麗…まるで人形みたいだ)
「しかし、ここは4階だよ?何回登り降りしたらこうなるんだい?」
「…何回もなにも、今登ってきたところ」
「えぇっ!?」
「4階分、登ってきただけなのかい?」
「うん…」
「4階だけ、それでも私にとっては命に関わる高さだった…」
(この体力でアイドルを…?たしか、彼女も高等部からの編入生だ。入試には実技試験があるはず、よく受かったな…)
そう思ったことが顔に出そうになった。
「…『こんなのがアイドルになれるのか』そういう顔してる。」
「…!?」
まずい。
「ふふ…私もそう思う」
「でも、他人からの客観的評価で『向いていない』って見做されるのは新鮮」
「違うんだ…!ボクはただ心配だったから…」
駄目だ。こんな取り繕うような言葉じゃ。
「いいの…本当のことだし」
「それに、私はその同情とかを介さない評価がすごく嬉しい…」
「…う、嬉しい……?」
「うん。『私がアイドルに向いていない』それは誰の目から見ても明らかだと分かった」
「それが嬉しい…」
「アイドルになりたいのに、『向いていない』のが嬉しいのかい?」
この問答の最中、彼女はずっと恍惚とした表情を浮かべていた。
それがなんだか、今しがた固めた覚悟を足蹴にされたような気分にさせる。
「ボクは『アイドルに向いてない』なんて言われて、そんな顔はできないな」
駄目だ…最悪だ。
自分を制するより早く、言葉と感情は飛び出していた。
「正直言って、アイドルは体力がものを言う仕事だ。レッスンにライブ、ファンの方々との交流やメディアの仕事」
「特に昨今、これらをマルチでこなすことが《トップアイドルになる》ための必須条件…」
「だからこそ、初星では最新鋭の設備と専属のトレーナー達の力を使って、僕達に即戦力となるアイドルの基礎力を付けてくれている」
こうなってしまっては止められない。
濁流のような怒りに呑まれてしまった。
「それらの恵まれた環境を与えられてなお、『向いていない』のが嬉しいだって!?」
「…」
「ボクは、3年間ひたすら頑張った。トップアイドルになるため、憧れに近づくため…」
「一分一秒をも無駄にしない。『自分の出来る限りを尽くす』。そうやってきた」
「それでも、頂には全く届かなかった…」
「それを『向いていない』なんて他人から言われて、「そうですか」なんておいそれと答えられるほどボクの夢は安くなんかない!!!」
「……」
「教えてくれ!篠澤広…!」
「君にとって《アイドルになる》とは何なんだ…?」
「………」
「…」
「私にとってアイドル活動は…」
「『趣味』…かな」
篠澤広、良いですよ〜大好きです。
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