第5話 アルパカ・カルテル
~前回までのあらすじ~
現在ほぼ無一文の和彦は、餃子定食を食べながら自分の人生を狂わせた1人の男に回想を巡らせる。
一時は大富豪にまで成り上がった俺が、今じゃこのザマだ。
元はと言えばあの男が、俺の人生のすべてを狂わせた・・・。
~第4話からの続き~
・・・え、ペルーのアルパカって、喋るの???
和彦の額に、脂のような汗が流れた。
さっきから緊張の連続だ。
思えばこの、子アルパカを拾ったあたりから、何かが変だ。
わけのわからないままこんな暗い部屋に連れられ、
挙句の果てに、目の前のアルパカ男が日本語を話しはじめた。
おれは、知らない間にドラッグでもキメちまったのか・・?
・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ッッ!!!
手足がしびれ、呼吸が出来ない。
何だこの症状は・・・?
生まれてはじめての症状だ。
ペルー特有の感染症にでもかかったのか・・・?
・・・・・・俺は、こんなところで死ぬのか?
まだ、何もデカイことを成し遂げてねえ。
半端なまま死にたくねえ!!!
「落ち着きなさい。カァーッ、ペッ」
目の前のアルパカ男は、俺の目の前の床につばを吐いた。
・・・・・・?
床がシューシューと音を立てて溶け出している!!!
強力な酸・・・?ヤバイヤバイ!!!
しかも超絶臭い!!!
「アルパカは、気に入らないヤツの顔に、こうやってツバを吐くのです。」
「普通のアルパカのツバは臭いだけですが、私のは特別製でね。」
「落ち着かないなら、次はあなたの顔にかけますよ。」
アルパカ男はじっと俺の瞳を見つめている。
ああ、こんなに大きくてつぶらな瞳なのに、
俺を殺すことに一切の躊躇が感じられない。
俺は命を諦め、今生最後の呼吸を味わうために、
大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
・・・ん?おかしい。
さっきまで苦しかった症状が嘘のように、消えた。
「フッフッフッ・・・冗談ですよ。」
「ワタクシと初めて対面したものは、あなたのように過呼吸になります。」
「あなたを落ち着かせるために、一芝居うったのですよ。」
なんだ、そうなのか、、、、。
俺はひとまず落ち着いた。
が、目の前のアルパカ男がずっとまばたきをしていないことに気づき、異様に恐ろしくなった。
俺はおそるおそる、アルパカ男に自分を連れてきたワケを尋ねた。
「もっともな質問でしょう。」
「しかしそれには、私の生い立ちから話す必要があります。」
「少し長くなりますが、あなたにとっても悪い話ではない。」
俺は逃げ出すことも出来ないまま、ヤツの話に耳を傾けることにした。
後から思えば、この時俺が聞いていたのは、「コイツのストーリー」なんて生易しいものじゃなく、「自分の人生が音を立てて崩れる音」だった。
パサッ、となにかが落ちる音がした。
床に目をやる。
どうやら俺の、髪の束だった。
俺は極度のストレスで、ハゲた。
~アルパカ男の話~
あらためまして。
ワタクシ、こんなナリをしていますが、このレストランのオーナーです。
今使用している名前は「サマンサ」。
この辺一体を占めるカルテルの、ゴッドファザーもやっています。
性別は、もう自分でもわからなくなりました。
生物学的には、メスのはずなんですけどね。
こんな職業でゴッドファザーを演じるうちに、
テストステロンが増えすぎたようです。
頭がアルパカ、胴体は人間。
しかしこれでも、元は普通の人間だったのですよ。
私は昔、日本のとある研究所で、
「育毛」に関する研究をしておりました。
私の専攻は「遺伝子組み換え」。
アルパカのふわふわの毛と長いまつげに魅了されたワタクシは、
人間にもその素晴らしき『DNA』を適応できないかと模索し、
アルパカが多く住むこの国まで渡ってきました。
ペルーは自分の予想より遥かに『教育』が行き届いていない国でした。
当然、治安も悪い。
しかも当時は、今とは比べ物にならないほど、ひどかった。
空港を降りた瞬間、ワタクシは拉致されました。
洋服を着たアジア人というだけで、珍しかったのでしょう。
しかし残念ながら、私は大したお金を持っていなかった。
私が持っていたのは、試作のアルパカ増毛薬だけ。
ペルーの研究所で臨床試験をする予定だったモノです。
試作したワタクシにも、その効能は未知数。
荷物検査でそれが見つかった私は、カルテルの逆鱗に触れました。
日本から、カルテルの縄張りを荒らしに来た敵だと。
ワタクシは拘束され、ありとあらゆる陵辱と拷問を受けました。
意識も絶え絶えになった数日後、
取り上げられたその試薬は、
「見せしめ」として私の首元に注射されました。
ひどいめまい、滝のように流れる血の滲んだ汗。
マグマが体を流れるような錯覚と、軋む頭蓋骨。
世界中のドラマーが私の頭の中に集まってシンバルを叩き鳴らしたかのような、度を超えた耳鳴り。
気がつくと私は、薄暗い部屋で一人、横たわっていました。
あたりには散乱したカルテル構成員の荷物。
恐れおののく余り、持つものも持たず逃げ出したのでしょう。
廃墟の割れたガラスに写った自分の顔を見ても、
意外なことにワタクシは驚きませんでした。
アルパカと人間のキメラになったというのに。
でも私はそのとき、
「これこそが自分の有るべき姿だ」
と確信したのです。
実はわたしは、既に身ごもっていました。
当時日本で待っていた彼の子なのか、
それともカルテルのカスどもの・・・。
しかし我が子は我が子です。
私は産む決意をしました。
研究者としての興味もあったのかもしれません。
数カ月後に生まれた我が子は、
異様にまつげの長い、アルパカの姿をしていました。
そしてこのときからワタクシの種族の天秤は、
完全にアルパカ側に傾きました。
ワタクシには、
自分の生涯をかけて成し遂げたかった復讐があった。
当時のワタクシには、子を育てる心の余裕はありません。
私はその子をアルパカの群れにつれていき、
最初で最後の授乳をして、その子の頭にキスをし、
その子が立ち上がるようになるまでに、
その子のもとを去りました。
その子が私の匂いを覚える前に。
その子が立って私のあとを追う前に。
それからしばらくは、カルテルへの復讐に明け暮れました。
手順は簡単でした。
被り物をした道化を装って陽気に近づき、
強酸性のツバを頭から浴びせる。
一人ずつ、確実に。
最後の一人を溶かしきった時、
別のカルテルから「ぜひウチのボスに」とオファーが。
そうしてワタクシは今、この椅子に座っています。
よくありがちな話ですが、
復讐を終えても、心には「満足」は残りませんでした。
残ったのは虚無。
死ぬまでに我が子にもう一度会いたいという焦燥。
そして、知れば知るほどおぞましい、
「人間」という種族へのさらなる憎しみ。
人間は、
この地上のどんな生き物よりも、
おぞましく卑しい「ケモノ」だ。
わたしたちアルパカの肉すら食べるのだから。
食べなくたって、全然生きていけるというのに。
「食」という快楽のために、
「虐殺」が正当化されている。
それが人間にだけ許された権利だと言わんばかりに。
人間界は狂っている。
ワタクシは必ず種族の復讐を果たす。
人間に泣かされてきた、多種族の無念も背負って。
そういえば、私のレストランは「ケモノ肉」をウリにしています。
人間からは、「食べたことのない珍味だ」と評判です。
あなたも召し上がってましたね。
お味はいかがでしたか?笑
しかし、アルパカ界にも神様はいらっしゃるのですね。
店の監視カメラからあなたとその子を見た時、
私は奇跡に全身の毛穴が総立ち、神の存在を感じました。
私によく似た目、異様に長いまつげ。
なによりも、アルパカという枠を超越した、
知性を感じる顔つき。
人間とはいえ、「あなたは」ワタクシの恩人です。
あなたに一つ、チャンスを差し上げましょう。
人間は富に執着するようですから。
あなたには、莫大な富を築くチャンスをあげます。
ワタクシはこの「ケモノ肉」料理店を、
あなたの故郷、日本でもチェーン展開したいと考えています。
人間は、幸せで退屈な日常よりも、
刺激あふれる非日常を求める。
獣肉専門の焼肉店なんてどうです?笑
バカな大衆はきっと飛びつきますよ。
何の肉かも知らないクセして笑
あなたには、この野望の1号店のオーナーになってもらう。
私達が定期的に出荷する「ケモノ肉」を、
あなたの本土で流行させるのです。
もちろん仕入れ料金は無料です。
ワタクシとあなたの間柄じゃないですか。
なにせ、とってもとっても全然減らないものですからね、
費用は気にしなくて大丈夫。
ワタクシの趣味の副産物ですから。
頭がボンヤリしますか?
ペルーは「コカ」の名産地です。
あなた、さっき当店で「お茶」を飲んだでしょう?
あれ、「コカ茶」なんですよ笑
ついでにこれも密輸させましょう。
獣肉焼肉店で、「陽気ドリンク」としてサービスしてください。
客足も絶対に加速します。リピーターもね。
きっとみんな「ヤミツキ」になりますよ笑
そうだ、あなたにも素晴らしいギフトを差し上げましょう。
密かに研究を重ね、長い年月を経てようやく完成させた、
例の「アルパカ発毛剤」の完成版です。
さっき抜けたあなたの髪も、元通り。
ちょっと固めのパンチパーマになりますけどね。
さて、今、この場でご決断いただけますか?
あなたの輝かしい将来を。
~ブレイキング・バッド~
ハハハ。
なんだ?何の話かさっぱり理解できねえ。
ただただ、気分が高揚している。
こんなに心地いいのは、母の子宮の中で漂ってた時以来だろう。
アルパカ野郎が目の前で部屋ごとかいてんしえっへd
なんd.。。視界がぐにゅgにゃんldjsんvcks
俺はいったいんksdなfd;fl・・・。
「最高だ。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
笑いが止まらなくなった。
首筋がチクッとした。
数秒後、頭皮を焼かれるような痛みが走った。
やがて、痛みは震えに変わった。
寒い・・・寒すぎる・・・・・・。
アルパカ野郎が、なにか言ってやがる。
「定期的にその薬を打たないと、あなたもアルパカになります」
「薬は、ケモノ肉と一緒に毎月送ります」
「帰りは部下に送らせますので、ご安心ください」
「ワタクシはいつでも、あなたを見守っています」
「それでは素晴らしい第2の人生を」
何もかも、ワケわかんねえ。
ただ確実なのは、
あいつは人間が生んだバケモノで、
今日、俺が「歪みの沼」に足を踏み外したことだけだ。
ここは、地獄のような天国なのか・・・?
途切れゆく意識の中、
子アルパカが、「ママ、ただいま」と話す声を聞いた。
お前、喋れたのかよ。
名前、せっかく決めてやったのになぁ・・・。
あの子の名は・・・。
~6話に続く~