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Through Time/Grapevine #4 読むバイン
#ThroughTime #Grapevine #読むバイン #和田東雲
歌詞全文はこちらをお読み下さい。 https://g.co/kgs/5fsP5h1
田中和将の半生は壮絶である。職業不定、ヤクザものだったのではないかと思われる父、水商売の母、種違いの兄は10歳年上で、1999年のインタビューでは職業酒飲みと語っている。[Rock'ing on Japan 1999 12月号]
父は小学校が上がるか上がらないかというところで、女を作って家を出た。母も和将が7、8歳になるころには姿を消した。当時中学を卒業したばかりの兄が、バイトで稼いだ金で和将を育てる。この辺りは、最新作の「Loss (Angels)」の歌詞、そのままである。
生まれ育った神戸の街でしばらくそのような生活が続いた後、和将は大阪に住む母の知り合いが預かってくれることとなったが、兄は上京して独り立ちをする。要するに、血縁ある家族と共に過ごせない環境に陥った訳だが、ここで最大の悲劇が起きる。和将を引き取って養育してくれていた家族が、火事で亡くなってしまったのである。Grapevineの最初のビデオクリップ集「7 Clips」は、家が燃えてサイレンが鳴るアヴァンタイトルから始まるが、言うまでもなく、この悲劇をモチーフにしたものだ。(「書いてて気付いたが、「Burning Tree」も、ここから来た作品だったんだな……)
Grapevineのファースト・ミニアルバム『覚醒』きっての高揚感溢れるロックンロール・ナンバー「Through Time」は、そんな田中和将、家族の歌だ。悲壮感は全くない。
無理やり目を覚まして 当然の様に朝が恐い また陽に照らされて
以下略
そういえば 正体不明のこの憂鬱は
と、重い言葉が続いても、歌声は軽やかだ。
tell me why you don't tell no lies そう言いながら今日も行こう
と田中和将は嘯く。
ここまで、「読むバイン」と名乗って来て、申し訳ないが、その理由は聴いてもらうしかない。聴くことで分かる。Grapevine創設リーダー西原誠の煙る様なベースライン、稀代のメロディーメーカー亀井亨の駆ける様なドラムス、GrapevineをGrapevineたらしめる西川弘剛の感情を掻きむしるギター、そして田中和将の伸び伸びとしたシャウト。鬱屈からの解放、その喜びがほとばしっている。
そういえば そんな手を振るのはどうして
tell me why you don't tell no lies 行ってしまうの?
Please, don't go away.
手を振り去っていく母、兄、そして養育してくれた家族たち。
懐かしく匂やかな黎明も今じゃ思い出すことさえない
父もいて、兄もいて、母もいた、幸福な幼年期。それはもう思い出そうとすらしない、遠い遠い記憶である。けれど、
Every time we play so hard We really gone this far through time
いつもぼくらは精一杯楽しんでいた。もう本当に遠いところまで来てしまったけれど。
これは、決別の歌なのだ。そして、ロックンロールに出会い、扉を蹴破り、街を囲む壁をぶち壊し、外の世界へ飛び出していく旅立ちの歌なのだ。アウトロ、どこまでも伸びていく田中和将の「Far Through time」のシャウトが、重たい過去も、抉れた傷も、全てを快に転換していく。それは田中和将自身のそれだけでなく、聞き手の我々の悔恨や涙、嘆きすらも。
ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントの有名な言葉に次の様なものがある。
ロックンロールは俺たちを救ってはくれないし、苦しみを忘れさせるわけでもない。ただ、苦しみは苦しみのまま、踊らせるんだ
そうとしか言いようがない。何かが解決したわけではないが、素晴らしい演奏と、素晴らしい歌声と、素晴らしいメロディーがあれば、何故かは分からないが心が高揚する。そして、自分を苦しめていたものは、果たして本当にそれほど重要なものだったのだろうかと、誑かせてくれる。確かなのは今、この目の前にいる場所と時なのだ。そう、決して、「so far through space and time」ではないのだ。
映画であれば、これが最高のエンディングだよ、と僕は思う。しかし恐ろしいことに、Grapevineのデビュー・ミニアルバム『退屈』の、ベストソングはこれではない。「おいとまさせてもらうよ bye bye bye」でも終わらないし、大団円の様な「far through time」でも終わらないのだ。難解極まり意味不明、しかし心を細く、細く千切っていく様な屈指のバラードPacesが、もしもあなたの心に巣食ったら、おめでとう、あなたももうGrapevineの蔓から逃れることは出来ないだろう。
【著作権について】
本記事では、日本のロックバンドGrapevineの音楽、主にその歌詞を考察していきます。Grapevineは、歌詞については、ギターとボーカルを担当する田中和将氏が書いています。そのため、歌詞の一切については著作権者は田中和将氏にあるものと考えております。ただ、日本の著作権法には以下のような一文があります。
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
本記事は、公表された著作物について、引用して批評・研究しようとするものであり、著作権者の権利を侵害するものではないと考えています。また、その意思はありません。万一、引用の仕方や分量について、著作権を侵害するような部分があると感じられた場合、ご指摘いただければ改善に努めます。
なお、本記事の文につきましては、先に述べました著作者Grapevine及び田中和将氏の権利を害さない限り、転用して構いません。その際、ご一報頂けると嬉しく思います。