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スプレードライヤの輸出管理の国際ルール 【大川原化工機国賠訴訟2】

大川原化工機及び同社社長他幹部が外為法違反(不正輸出)として起訴された事件で、2021年7月30日、第一回公判期日を目前に控え、検察官は異例の起訴取り消しを行った。これを受け、東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定。事件は突然に終了した。2021年9月8日、大川原化工機らは、警視庁公安部による大川原氏らの逮捕、及び検察官による起訴等が違法であるとして、東京都及び国に対し、総額約5億6500万円の損賠賠償請求訴訟を提起した。

この事件では、大川原化工機が自社製品である噴霧乾燥器(スプレードライヤ)を経済産業大臣の許可を得ずに輸出したことが外為法違反であるとして立件されました。製品を海外に輸出することは本来自由に行うことができるものですが、外為法は、国際ルールに基づき最低限度の規制を定め、輸出管理を行っています。この記事では、噴霧乾燥器の輸出管理に関する国際ルールについて、国賠訴訟の訴状から一部抜粋したものにやや深堀りした解説を追加して説明します。

外為法による輸出管理規制の概要

 外為法に基づく輸出管理規制は,リスト規制キャッチオール規制から構成されており,これらの規制に該当する技術の提供や貨物の輸出は,経済産業大臣の事前許可が必要となる(外為法48条)。

 このうちリスト規制とは,国際輸出管理レジームの合意を受けて,武器及び大量破壊兵器等や通常兵器の開発等に用いられるおそれの高い技術や貨物について,輸出等の仕向地にかかわらず経済産業大臣の事前許可を義務付ける規制である(外為法48条2項)。

 具体的には,規制品目が外国為替令・別表及び輸出貿易管理令・別表第1に,規制要件(スペック)が 輸出貿易管理令別表第1及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令(=貨物等省令)に規定されている。

オーストラリアグループとは

 外為法の輸出管理規制は、国際輸出管理レジームで合意された事項を国内法化したものである。
 現在,国際輸出管理レジームには,①原子力関連資機材・技術の輸出管理を目的として発足した原子力供給国グループ(NSG),②生物・化学兵器開発・製造に使用し得る関連汎用品及び技術の輸出管理を通じて,生物化学兵器の拡散を防止することを目的とするオーストラリア・グループ(AG),③大量破壊兵器の運搬手段となるミサイル等を規制することを目的とするミサイル技術管理レジーム(MTCR),及び④テロリストグループ等による通常兵器及び機微な関連汎用品等の取得防止を目的とするワッセナー・アレンジメント(WA)が存在する。

 このうちオーストラリア・グループ(以下「AG」という。)は,昭和60年に発足し,日本を含む42か国及びEUが参加している。

 レジームでの合意事項は,各参加国が合意事項を担保しつつ自国の輸出管理法令に規定することで輸出管理の対象としている。日本において,経済産業省は,レジームの合意事項を輸出管理法令に反映させることを重要な任務としている。AGで決定した原文は忠実に反映させるのが原則である。

噴霧乾燥器に対する規制の導入

 噴霧乾燥器は,生物化学兵器の製造等に転用されるおそれのあるものとして,平成24年のAG会議で規制対象とすることが合意され,次の規制要件が定められた(AGのサイト)。

Spray drying equipment capable of drying toxins or pathogenic microorganisms having all of the following characteristics:
a) a water evaporation capacity of ≥ 0.4 kg/h and ≤ 400kg/h
b) the ability to generate a typical mean product particle size of ≤10 micrometers with existing fittings or by minimal modification of the spray-dryer with atomization nozzles enabling generation of the required particle size; and
c) capable of being sterilized or disinfected in situ.

(和訳)
毒素及び病原性微生物の乾燥が可能な噴霧乾燥器で次の全ての特徴を有するもの
a) 水分蒸発能力が毎時0.4キログラム以上400キログラム以下のもの
b) そのままの部品で,又は必要な粒子径を得ることができる噴霧ノズルを用いて噴霧乾燥器に最小限に改良することで,典型的な平均粒子径が10マイクロメートル以下の製品を製造することができるもの
c) 定置した状態で滅菌または消毒をすることができるもの

<解説1>噴霧乾燥器が規制に追加された理由

 粉体を製造する噴霧乾燥器が、生物兵器の製造に転用されるおそれありとされるのは、細菌を乾燥させることで保存性を高めることができ、また、経肺感染可能な微粉末を製造できるからです。

 噴霧乾燥器に規制が導入される以前から、同じ乾燥装置である凍結乾燥器は輸出管理規制の対象とされていました。凍結乾燥機とは、対象物中の水分をゆっくりと昇華させて乾燥物を得る装置で、微生物を生きたまま乾燥させるのに適しています。他方、噴霧乾燥器は、対象物を含む液を噴霧して熱風を当てて蒸発させる方法です。粉体になる過程で多くの微生物が死滅してしまうため、必ずしも生物兵器の製造に適した乾燥技術ではありません。

 従前は凍結乾燥器のみが輸出管理規制の対象とされていましたが、噴霧乾燥器には、①高品質で径の均一な粉体を液体から直接製造することができることや、②乾燥プロセスが凍結乾燥機におけるバッチ式オペレーションと異なり、連続したプロセスで行うことができる、という利点もあります。噴霧乾燥技術の高まりにより、製薬用途に用いられる高品質な噴霧乾燥器が生物兵器製造に転用される危険が生じているとして、とあるAG参加国より規制対象に含めるよう提案がなされました。

<解説2>規制対象となる噴霧乾燥器のスペック

 規制対象となるのは、すべての噴霧乾燥器ではなく、生物兵器製造に転用されるおそれのある噴霧乾燥器です。その範囲を画する規制要件として、病原性微生物等を生きたまま粉体化することが可能であることのほか、a),b),c)の3つを全て満たすものと定められました。

a) a water evaporation capacity of ≥ 0.4 kg/h and ≤ 400kg/h

a)は、噴霧乾燥器が熱風で蒸発させることのできる水分量、言い換えれば粉体製造能力を示す指標です。最大水分蒸発量が0.4kg/hに満たない小さな噴霧乾燥器であっても、微生物を粉体にすることはできます。しかし、生物兵器の製造に実用するには生産量が少なすぎます。他方、400kg/h以上となる巨大な噴霧乾燥器は、生物兵器の製造には大きすぎますし、作業者への細菌の曝露を防ぐことが難しくなります。そこで、規制対象の噴霧乾燥機は、小さすぎず、大きすぎないサイズに限られています。

b) the ability to generate a typical mean product particle size of ≤10 micrometers with existing fittings or by minimal modification of the spray-dryer with atomization nozzles enabling generation of the required particle size

b)は、平均粒子径が10マイクロメートル以下の細かい粉粒を製造することのできる噴霧乾燥器のみを対象とするものです。10マイクロメートル未満の粉体は容易に肺に吸入されるため、肺を経由した感染が生じます。人への感染経路は肺以外にもありますが、肺を経由した感染を可能にする噴霧乾燥器を規制対象としています。

c) capable of being sterilized or disinfected in situ.

c)は、製造前後における粉体の曝露が生じない噴霧乾燥器のみを規制対象とするものです。生物兵器の製造に用いる場合、製造前後に少しでも粉体が洩れてしまうと作業者の安全が確保されないことから、製造後に装置内に残留した粉体の細菌を全て死滅させることができる噴霧乾燥器のみが規制対象とされています。

 このように、細菌を粉体化できる噴霧乾燥器をすべて規制するのではなく、生物兵器の製造に転用される危険のある条件として、上記a)〜c)のすべてに該当する噴霧乾燥器のみが規制の対象とされているのです。
 このような特徴から、製薬用途の噴霧乾燥器が規制該当となる主な噴霧乾燥器であるとみられています。他方で、コーヒーやミルク、顔料、セラミック、金属及び化学製品の製造で使用される噴霧乾燥器は、AGの規制項目に該当する可能性は著しく低いとされています。

 次回は、AGにおいて噴霧乾燥機への規制導入及び規制スペックが合意されたことを受けて、日本において行われた法整備について解説します。


この記事に関する取材、お問合せ等は以下の弁護士宛にお願いいたします。
弁護士高田剛弁護士小林貴樹

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