郷愁の山
男体山にうしろめたい
小さい身体がぱたぱたと帰る
鼻水垂らして暮らした家は
頬を張り殴る痛みに混じり
彼の吹き下ろす尊風の御加護を
猛紅と冷々に受けていた
大きくなった身体が帰る
汗水垂らして暮らす家は
鉄筋の巨塔と鉄人の黒い頭が邪魔で
彼の目の届かぬ街に生えている
見失った己の希に
窺い知れない他人の傷に
私は目を糸で縫い
たらたらと目廻りを起こす
決められた理の笑顔が付いた
押し付けがましい札をぶら下げては
そういう人間を憑依させて
雑踏にぬるぬると溶け込んだ
間違った雲の下で生きている訳ではない
火照った身体がしなりだし
痛いと叫んでつねってきたから
私はこの歩の行く末に
硬い虚像をみた
故郷の神秘に触れると
きっと私は戻れない
他者の救いの声など
濡れた烏の足掻く怒号に過ぎないと
感じて払いのけるこの街に
そんな私に変形していることを
気づかせてくれたのは時の空洞から漏れ出した
優しい郷愁の冷たい吐息
母は思うだろう
どんな私でも帰って来て欲しいと
それでも私は動かない
彼に顔向けできる人生を
辿ってきてはいないから
それ故に酷使した身体が練り固まって
数年据え置きの米粒の様に
ひび割れた硬度の心にようやく慣れてきたのだから
それでも頬を痛打する彼の御風は
私の夢枕に吹いていた
男体山にうしろめたい