湖畔に住む人
亀色をした五十里湖は私を一瞬で引き摺り込む
私は湖畔の蕎麦屋から亀色の溜まりを見下ろしては
あそこに落ちたら言葉も叡智も
インクが滲み落ちた白紙の本に
なりさがるであろうと
私の拙い空論は圧迫されてつつあった
それ故私は湖畔の蕎麦屋で
鴨蕎麦を啜っては
胸中の踊り子をゆったりと舞踊させた
蕎麦屋のざらついた砂壁のおかげで
私と水面との関わりは
あくまで客人と住人になりかわる
私は五十里湖を塀の外から鑑賞している
自然を前にして一体にならず
自然を前にして臆病に篭る
しかしながら湯気のたつ鴨蕎麦の
頬が消失する様な旨味は
私が一歩踏み出したら溺れ落ちるという
亀色の威圧的な存在を大きく感じ
蕎麦と一緒に啜り込むから
えも言えぬ一杯として幸表れるのであろうと感じた
私は鴨の脂が浮いた丼物に
先住民の生きた音のない声が
出し汁の奥から聴こえてくるのを耳にしたから
自然界の寛大な脅威に
背を向けて生きていることが
無知恥と思い立っては
じっくりと出し汁を飲み干した
重い石頭じゃ
より深くと沈みもがくだけだから
五十里湖の無垢故の強さを
糧として
ごちそうさまと小銭を掴んでは
亭主に頭を下げ降ろした