エッセイ/金色の畦道
これは僕が小学2年生の頃の話。
クラスメイトはだんだんと自転車に乗れるようになっていった時期だった。
周りは皆、膝に傷をつけてはケタケタと笑っていた。
僕も自転車に乗れるように放課後や休日は自転車の練習に躍起になっていた。
そもそも自転車ってあんなにも細いタイヤで補助輪も付いてないってよくよく考えたら結構リスキーな乗り物なんじゃないかと考えたりもする。
でも少々リスキーだからこそ、当時の僕は乗ってる人が格好良く見えて憧れるものだったのかもしれない。
いくつもの擦り傷の果てようやく自転車に乗れるようになった僕は、なんと親戚のお兄ちゃんから大人用のマウンテンバイクをもらったのである。
めちゃくちゃにかっこいいエヴァンゲリオン初号機のような紫色の自転車。
ギアも何段階も変えられる、本格的なやつだ。
僕はクラスの席替えで窓際の最後尾をゲットした時より喜んだ。
しかし、その喜びも束の間。刹那のエレクトリカルパレードだった。
足が地面に微妙に着かないくらいの高さのあるサドル。
バランスの取れない大きなタイヤ。
ここから僕はまた自転車の練習に逆戻りである。
擦り傷ただいまって感じだ。
しかし今思うと流石に大人用のマウンテンバイクとはいえ子供でも兼用できるミニマムサイズだったのは間違い無いだろう。
でも僕には初号機のように大きく見えたんだ。
何度も使徒を倒しようやくシンクロ率の上がったマウンテンバイク。
僕はついに乗りこなせるようになった。
そしてそれと同時にクラスのヒーロー的存在にものし上がった。
僕は嬉しくて楽しくて仕方がなかった。
ちょうど5月の心地よい風が田舎の澄んだ空気を運んできてくれた。
自転車最高。マウンテンバイク絶好調である。
僕はクラスメイトと公園や駄菓子屋まで自転車で向かう日々が続いた。
そしてことが起こるその日は、誰もクラスメイトと予定が合わない日のことだった。
僕はせっかくだからと1人で自転車に乗って遠くの道まで行ってみようと考えた。
学校が終わり、ランドセルを部屋に置いた僕は一目散にコックピットに向かった。
よし、今日はあまり行った事のない駅の向こう側まで行ってみよう。
この頃の僕らは駅の反対側はなぜだか遠くに感じていた。
いつも行ってる公園や駄菓子屋は駅のこちら側にある。
田舎のため北口や南口は存在せず、皆この辺の地域の人間は駅の向こう側かこちら側と言っていた。
駅の向こう側は田園風景が広がるのどかな場所だ。
僕はその田園風景を横目に風になるんだと心に決めていた。
そして踏切を渡り、いざ出陣。
5月の終わりの風がこれまた最高でいい感じに緑が冴え渡っている。
今思い返すと若いくせに哀愁たっぷりでやるせないよね。
憎たらしさまで感じてしまう。
何も知らない子供が風を感じ、緑を感じているのだからこれまた生意気ボーイの爆誕である。
そんな中、田んぼの畦道の角にお地蔵さんが立っていた。
そのお地蔵さんを横目に僕は何気なくその畦道を曲がった。
するとその瞬間とんでもない風景が僕の視界を占領した。
なんと今まで量産型ザクの整列ように緑一色だった田園風景が、金色の稲穂が垂れる田園風景に変わったのである。前後左右全てに金色の稲穂が植えてある。
そしてご丁寧にシャア専用ザクのような赤トンボまで飛んでいるではないか。
しかもその数ざっと数百匹。
自転車を走る僕にバシバシと当たってくる赤トンボ。
僕は楽しくなってその道をぐんぐんと進んだ。
また生意気な事に、この時期にこんな綺麗な場所があるなんていいもんだなぁと感じたのを憶えている。
2、3分走ったであろうか、目の前に林が見えてきた。
僕はそのままの勢いで林の中に入っていった。
少し漕いだらもう光が見えて林を抜けた。
抜けた先はなんと駅のこちら側。
所謂、僕の家がある側だ。
僕はラッキーと思った。これでもうすぐ家に着く。
明日学校へ行ったらみんなに教えてあげよう。そう思って帰宅した。
しかし、この時期は梅雨の入り口でもある。
雨が降りみんなに説明はしたものの、連日の雨のせいでなかなか金色の畦道に行けないでいた。
だんだんとみんなの興味も薄れていく。
僕は仕方なく次の晴れた日にもう一度1人で駅の向こう側まで向かうことにした。
自転車に跨るのはもうお手の物。しかも今日はじいちゃんのカメラまでくすねて来た。証拠をバッチリ撮ってやるんだとまたたいそうなことを思っていた。
しかしだ、まずお地蔵さんが見当たらない。
ぐるぐるどこを探しても見当たらない。
その日は1時間くらい探したが金色の畦道は見つからなかった。
勿論お地蔵さんもだ。
んー、まいったなこれじゃ嘘つきだ。
僕はその日から何日も駅の向こう側に通ったが、お地蔵さんも赤とんぼ一匹も見つけられなかった。
だからママに聞いたんだ。
そしたらもうそこには行けないよ。
と軽く歯に噛みながら言われたのを憶えている。
僕はもう一度ヒーローになりたかったがそれは遠い夢だった。
あれは一体どこだったのであろうか。
あれは一体なんだったのであろうか。
約30年立った今でも謎のままである。