シェア
渡辺 杜太朗
2021年5月27日 17:09
僅かな晴れ間の梅雨の午後憶えたばかりの自転車ならしまだランドセルの残感が背にあまるなか日頃は縁遠い駅の裏側まで私は両足を回していた緑広がる田の間立っているのは畦角に地蔵表情無くても私に対し友の様に朗らかにはにかむ地蔵の立つ畦道の角っこを私は軽快に曲がっては地蔵にまたねとはにかみ返す緑広がる田の間瞬き終わると黄金色摩訶不思議に逢う田んぼの変身
2021年5月26日 11:13
川に住む人魚は顔立ちは綺麗だが泳ぎが汚い濁流に抗いもがき苦しんでいる息継ぐ顔はしかめっ面で命乞いをしている様にも見えるもしも彼女が海に住んでいたならば潮の流れに停泊で流線法則に沿り緩やかに泳ぐのだろう珊瑚礁からの贈り物を携え名画のモデルになるのだろう川に住む人魚は海の存在を知らないから世波に抵抗しては自分を強固に鼓舞する海に住む人魚は多分
2021年5月24日 11:09
ここの墓地は清く方々に広く伺う入り口から私の入る墓まで数分と歩く途中の水道で手を洗うまだこの時期はちと掌が傷む窪んでメッキの剥がれたやかんに水を注ぐ砂利道を菊とやかんと火種を抱え私は墓まで歩いた私の入る墓は高台にある丁度街を見下ろせる角っこにある若者の少ない田舎町の中を線路が突き通る二つ箱の電車がたまに走るやかんの水を墓石にかけては雑巾で磨く途中に電
2021年5月21日 12:08
向かいの民宿旅館の恭平は大人になればそこを継ぐのであろう10歳半ばでこの街に背を向けた私の鼓膜にはいまだにその健やかな答えの振動は届いてはこない恭平は私のふたつ下いつも飴玉の様に笑ってサイダーの様に活発的だ紙製のインパルスに乗り大旋回段ボールの要塞基地で立て篭もり毎日赤い頬と痛い耳を携えてはこの邪魔の少ない小さな田舎町で遊々と駆けずりまわっていた恭平
2021年5月18日 12:22
月灯りっつうのはあんがい眩しいもんだな父は暗隠染まる居間の隅端で萎れいく百合の項垂れた花弁の様に湿気混じりの篭声を床に落とした貧格などは要らんと無駄打ち気張り紙幣のない20時の居間は江戸の夜より影めいている簡易のガスコンロの火種を世風から守る純母の手は赤子を撫でる様に健気で無垢い私と妹は昼間に通う小学校の水飲み場から捻った蛇口より吐かれる痰の様な水をペッ
2021年5月14日 15:58
祖母の生涯は大谷川の激流に佇む巌の様に耐え居座った時間であったのであろう私の乳児の妹を恰幅ある背中にくくりつけ祖母いつも算盤を刻み良く弾いては帳簿が横並びに整列する箪笥から売上を書き残す一冊を取って欲しいと子供の私に指示を投げつけた私は小さいながらに家業の潤滑油にでもなったかの様な使命感から鼻下に髭を整え生やすが如くの心得で祖母に売上台帳を献上した昭和の
2021年5月11日 17:50
春だというのに金谷ホテルへと向かう並木の日陰はいまだ残雪が氷々と残る坂であり私はそれを身体の底に蔓延る鎮静を保ちこつこつと登っていた木製の回転扉が軋み廻ると私は時代の坂を抗い登って来たことに気づく黒服のベルボーイの挨拶が私の懐を律儀にノックした老いたホテルの木柱は大谷石であつらう壁が無骨に屋を支え生き長らえている靴裏には威吹くはずの激しい赤模様の絨毯
2021年5月10日 16:34
黒鉛の気が触れるほどに殴打烈しく書き捨てた文字の亡霊達手を合わせる暇も余白もなく紙帳の墓場に野晒し御免感情の性で野心や情念を宿した文脈の一節に太陽が当たることはない湿気の多いぼたぼたに散らかる部屋の擦れ押す引き戸の押し入れにお祓いを受けずに暴殺に押し込まれる私が殺した文字の山は私を黒く塗り潰す私が吐き出す感謝や慈悲の一文も取り憑かれたら紫黒色腹を
2021年5月9日 12:41
無の荒野を泳ぐ宇宙船のなかじゃおそらく私は心が虚震して潰されるのであろう海面を遠くに見上げる潜水艇のなかそれは私ひとりの操縦席で無駄なものなど何もない引っ越したての狭い部屋の様に簡素な布団でうたた寝中操縦桿は存在しないからずっとこの場所で停泊しているたまにカモメが海面の上で騒ぎたてている様が好きだぴゅーぴゅーららら私は身体を揺らし潜水艇を少し
2021年5月7日 11:31
亀色をした五十里湖は私を一瞬で引き摺り込む私は湖畔の蕎麦屋から亀色の溜まりを見下ろしてはあそこに落ちたら言葉も叡智もインクが滲み落ちた白紙の本になりさがるであろうと私の拙い空論は圧迫されてつつあったそれ故私は湖畔の蕎麦屋で鴨蕎麦を啜っては胸中の踊り子をゆったりと舞踊させた蕎麦屋のざらついた砂壁のおかげで私と水面との関わりはあくまで客人と住人になりかわる
2021年5月5日 11:57
男体山にうしろめたい小さい身体がぱたぱたと帰る鼻水垂らして暮らした家は頬を張り殴る痛みに混じり彼の吹き下ろす尊風の御加護を猛紅と冷々に受けていた大きくなった身体が帰る汗水垂らして暮らす家は鉄筋の巨塔と鉄人の黒い頭が邪魔で彼の目の届かぬ街に生えている見失った己の希に窺い知れない他人の傷に私は目を糸で縫いたらたらと目廻りを起こす決められた理の笑顔