写真を撮るならタイムカプセルを作るように。
「そういえば、去年の今ごろは牡蠣食べに行ってたね〜」
家でふたりで過ごしている時、スマホを見ながらふと妻がつぶやいた。
「そうやったねー。めっちゃ美味しかったよね!!
時間あるし、今年も牡蠣食べに行ってみる? 」
何か予定があったわけではない。
出かける予定のない休みの日には、本を読むか、溜まっている事務仕事をするか、庭で畑仕事をするか。。。
だから、そんなつもりは全くなかった。
それなのに、自分が撮った過去の写真のシズル感に釣られて、ついうっかり以前と同じものが食べたくなる、その時の気持ちが蘇る。
突然ですが、皆さんは撮った写真をどんな風に利用していますか?
あるいは、何のために写真を撮りますか?
想像してみると、それはひとそれぞれなんだと思います。
旅行に行った記念に。
友達と会ったついでに。
ふとした日常の記録に。
鳥や花といった被写体を撮りに。
私はカメラが好きで、よく写真を撮ります。
食事に行ったときも、友達のところに遊びに行ったときも、イベントに参加したときも……
別に誰に頼まれるわけでもないのにパシャパシャと写真をとりまくっています。。
ふと、自分は何のために撮影してるのだろうと思いました。
その答えを出すために、撮影しているときの思考を振り返ってみました。
撮影しているとき私はいつも、撮った写真を渡す人のことを考えています。
この食事の写真は妻に渡すときっとインスタに上げてくれるに違いない
この友達の写真はなにかのプロフィール写真に使えるように
イベントの写真をあえて寄って撮っておくと主催者さんに喜ばれるかな
実際は、撮影した写真を誰かに上げることは稀で、Googleフォトさんの肥やしになることがほとんど。
でも、忘れた頃に
「あの時のあの写真持ってないかなぁ? 」と聞かれることも多く、そんな時にはやっぱりその時撮っておいてよかったな、と思うのです。
ここで、冒頭のやり取りに戻ります。
最近、InstagramやFacebook、Googleフォトといったサービスで「何年前の今日、あなたは〇〇をしていました」と案内がありませんか?
あれを見て私は、
「あぁ、写真ってタイムカプセルみたいだなぁ」
と、思ったのです。
撮影しているときは当たり前のような光景でも、数年後振り返ってみると、当時の光景が蘇る。
光景だけでなく音や匂い、その時の感情までも。
すべての写真がそうだとは限りません。
でも私はそんな写真を撮りたいと思うのです。
いつかの誰かの記憶に届くような、その瞬間には当たり前でも未来の誰かの心に届くような写真を。
私にとって撮影が楽しくてワクワクするのは、そんな未来を夢見ているからなんだと気づきました。
当たり前ですが、今この瞬間の感動を共有するために写真を撮るのも楽しいです。
でも、皆さんもたまには、いつかの誰かに届くような写真を意識的に撮ってみませんか?
タイムカプセルを作るように。
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