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サンタクロースになった日のこと
2度、サンタクロースになったことがある。
最初は、両親を相手に。2度目は、恋人でも友達でもないあの人に。
2人の予定がたまたま合う日。12月23日の夜。24日ではないところにかえって清々しさがあって、居心地がいい。
クリスマスなんて知らないような顔をしながら年末らしい番組を見て、鍋をつついて笑いあう。もちろん、お酒も飲みながら。
鍋もあらかた片付いたころ、いつものように彼がシャワーに向かう。
それが、自分のなかで決めた合図だった。
今だ!と、私はサンタクロースに変身した。バッグに隠し持っていた緑色の袋を取り出す。お世辞にもきれいとはいえない彼の部屋は、カモフラージュに持ってこいだ。ロフトへの梯子付近にあった棚の上にプレゼントを置き、何事もなかったかのようにこたつに帰る。任務完了。
風呂場のドアが開く。シャンプーの匂いを漂わせている彼は、なかなかプレゼントの存在に気がつかない。
ところが、クリスマス前にやってきたサンタクロースは、あわてんぼうというよりせっかちだった。「さっき、赤と白の服着た人がここに来たよ」なんて白々しいセリフを言いながら、緑色の袋を指さす。
それを見て、驚きつつも一瞬子どものような笑顔を見せてきた。今更なんだか恥ずかしくなってきて、逃げるようにシャワーへ向かおうとした。けれど。
「待って。開けてみてもいい?」
いいよ、と答えるとすぐにその手はリボンを解き、袋の中身を確かめた。
サンタクロースからのプレゼントは、マフラーとアイマスク。マフラーには、彼の好きな動物の絵がプリントされている。絶対に似合うはずだと、即決したアイテムだった。(本当はレディース用品だったことは内緒)
その動物の絵を確かめたとき、もう一度子どものような笑顔を見せて、ありがとうと笑った。目がきらきらと輝いていて、余計にうれしくなる。ネット上を駆け巡って選んだ甲斐があった。
それから、こちらを見てハッとする。「サンタさん!」と呼ばれた私は、白いトップスに赤いスカート。すべてが計画的だった。メリークリスマス!と冗談めかして、今度こそシャワーに逃げ込んだ。
(今日だけは、名前のある関係になれたかな。サンタクロースと子どものように。とはいえ、君はサンタより年上だけど。)
少し熱いシャワーを浴びながら考える。どうせ明日には解けてしまう魔法。12時間後には、他人に戻ってしまう。わかってる。けれど、いまだけは許してほしかった。
サンタクロースになることで、ひとつの思い出を欲しがったこと。その期待に応えるように、彼はさっそくマフラーとアイマスクをつけた状態で風呂上がりの私を出迎えた。あまりに豪快な使い方をするから、思わず吹き出したのを覚えている。
もういまは、マフラーもアイマスクもどうなっているかわからない。確かめるすべもない。もうあの1Kの部屋はどこにもなくて、この先会うこともない人。あの日少しだけ泣いたバスタブも、きっといまは誰かの汗をきれいに洗い流しているだろう。
物質ではない、どこまでもうつくしくできる記憶を、彼との時間からもらった23日の夜。押し付けと思われたってしょうがない。他人に戻ってしまった人の記憶に、なんとか刻まれたかった。どこまでもエゴだったけれど、あの瞬間のきらきらとした瞳は、確かにほんものだった。
これからもきっと、あのきらめきを思い出すんだろうな。これは確信であり、祈りでもあった。
サンタクロースに変身する夜は、この先何度も来るはずだから。