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寓話集

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つのがない

 ある日、ある朝。
 彼は、出勤前、いつものように自宅の洗面台でヒゲを剃っていました。
そして、何の気なしに、自分の顔を鏡に写しながら、ふとした違和感を憶えました。
 はじめは、その理由が判りませんでした。
 しかし、ジ~っと自分の顔を見ているウチに、ダラダラと脂汗が零れて来ました。
 そして、ようやくその理由に気がついた時、彼は顔面蒼白で、思わず叫びました。
「つ! 角がない!!」
「何よ? 朝っぱらから、うるさいわねぇ」
 奥さんが眠そうな声で背後から云いました。
 その声に、彼は振り返り、半ば泣きそうな声で奥さんに訴えました。
「大変だ! 俺には角がない!」
 奥さんは、彼の顔を見ながら半分寝ぼけ眼で云いました。
「…そうね。確かにないわね」
「そうなんだよ! ないんだよ! ……あ!」
「……今度は何よ?」
「お……お前にもないぞ!」
 奥さんは、彼が何を云っているのか、よく判りませんでしたが、促されるまま洗面台に行き、鏡に自分の顔を写しました。
「……そうね。確かにないわね」
「何を落ち着いているんだ? 角がないんだぞ!」
 奥さんは、しばらく鏡を見ていましたが、やがて真剣な面持ちになり、ようやく事態に気がつきました。
「まぁ! ホント! 私にも角がないわ!」
 二人は顔を見合わせ、事の重大性に慌て出しました。
「どうしましょう?」
「どうしよう?」
「こんなんじゃ、恥ずかしくて外に出られないわ!」
 二人は、その場にペタンと座り込み、互いの顔を見ました。
「こ、子どもたちは……?」
「そうね……そうね。確かめなきゃいけないわね」
 二人は、足音を忍ばせて、子供部屋のドアをそっと開けました。
 まだ、ベッドでスヤスヤと眠る子どもたちの顔を覗き込みました。
「な、ない……」
「この娘もないわ……」
 夫婦は揃って思案しました。
「何故、今まで気がつかなかったんだろう?」
「そんなコトより、会社や学校はどうするの?」
 彼は腕組みをしながら云いました。
「……角がないんだぞ。行ける訳ないだろう」
「休むの?」
「とにかく会社に電話して、課長に相談してみる」
 プルルル……。
ガチャ!
「はい。◯◯商事です。.…あ、何だ? 君か。どうした? こんな朝っぱらから……」
「か、課長……。あの……ちょっとご相談が」
「何だ? 改まって?」
「……はい。実は、その今朝……私に角がないコトが判りまして」
「はぁ? 何を云ってるんだ?キミは?」
「つ、角がないんです!」
「角?」
「はい。そうです。角です。課長にはありますか?」
「角なんて……普通ないだろう?」
「本当ですか? 本当にそう思われますか?」
「……い、いや。ちょっと待ってくれ」
 そう云って、課長は受話器を置くと、自分の頭をペタペタと触ってみました。そして、もう一度、受話器を取ると彼に云いました。
「た、確かにないな……。もしかして、これは大変なコトなのか?」
「考えてもみて下さい。角がないなんて、常識でしょうか?」
「う、うん。云われてみると、俺も自信がなくなって来たな」
「そんな訳で、申し訳ないんですが、今日は休ませていただきます」
「わ、判った……。とにかく気をしっかり持つんだぞ」
 電話を切ると、課長は頭を抱えました。
 でも、そこには角がありません。急に恥ずかしくなって来ました。部下に指摘されるまで気がつかなかったなんて。
 どうして、俺は知らなかったんだろう。
 自分に角がないなんて……。
 そこへ三々五々、社員たちが出勤して来ました。
 やはり上司として、この重大な出来事を伝えるのも仕事なのだろう。課長は、恥ずかしさを堪えながら席を立つと、社員たちに告げました。
「君たちは、角があるか?」

「お早うございます。朝の△△ニュースの時間です」
 TVのアナウンサーは、何故か頭から目出し帽を被っていました。
「今朝、東京の◯◯商事で、社員全員に角がないことが判りました…」
 ブツッとTVのスイッチを切った彼ら一家は、カーテンを閉め切った茶の間で遅い朝食を取っていました。
「ねぇ、お父さん。今日は学校行かなくていいの?」
 息子の質問に、彼は云いました。
「それどころじゃないんだよ。今、世の中は、とっても大変なコトになっているんだ」
「ふ~ん。じゃあ、ヨッちゃんトコに遊びに行ってもいい?」
「今日はダメだ。もう少し落ち着いてからにしなさい」
「は~い」

 その頃、総理官邸では閣僚たち全員が目出し帽を被って、この問題に取り組んでいました。
「何故、今まで誰も気がつかなかったんだ?」
「誰も指摘しなかったからだろう」
「見れば判るじゃないか!」
「今は責任問題を追求している場合ではない! 打開策を模索すべきだ!」
「国民全員に目出し帽を提供するのか?」
「それは根本的解決になってない!」
「次の選挙までに解決しないと大問題だぞ!」
 閣議は紛糾しましたが、結局のところ決定打を打ち出すことは出来ませんでした。

 朝のワイドショーもこの問題で持ちきりでした。
 違うところは、目出し帽を被った『恥ずかしい派』と素顔を晒した『恥ずかしくない派』が討論をしたコトです。
「君たちは、本当に恥ずかしくないのか?」
「正直に云えば、恥ずかしい。しかし、それを耐えるのが我が国の美徳だろう」
「それはすり替え論だ! 大人なら耐えられるかもしれないが、子どもたちはどうする?」
 結局、ここでも水掛け論に終始し、何の解決になりませんでした。

 そうこうしているウチに、TVを観た国民たちの間にも、緩やかにパニックが広がっていきました。
 レジ袋を頭から被り、目出し帽を買いに行く人たちで帽子屋、デパートは混雑しました。
「お一人様、一個だけです! 数に限りがあります! 一個だけです!」
 目出し帽を被った従業員が叫びます。
「だったら、それを寄越しなさいよ!」
「あ! 何を!?」
 従業員の被った目出し帽を無理矢理奪っていく人まで出る始末です。
 このニュースを観た一人の業者が、あるアイディアを思いつきました。
 角を売り始めたのです。勿論、本物ではありません。頭に接着剤でくっつける偽物の角です。
 でも、これが大ヒット。飛ぶように売れました。
 しかし、所詮は偽物。本物には敵いません。人々はすぐに買わなくなってしまいました。

 さて、このニュースは海外にも配信され、世界中の人たちの知るところになりました。
さぁ、大変です。世界各地でも、自分たちに角がないコトに驚く人たちが現れ始めました。各国の政府は、冷静になるように呼び掛けましたが、無駄でした。家に引きこもる人、絶望のあまり自殺しようとする人まで現れました。世界は大混乱に陥り、もはや収拾がつかないところまで行きました。
 国連でも話し合いがもたれ、安保理でも議論されました。
「別に角がなくたって良いじゃないか?」
 と云う意見は、例によってロシアと中国が拒否権を発動したので、否決されました。

 そんな時です。
 ひとりの救世主が現れました。彼は、全世界に向かって呼び掛けました。
「私には角がある!」
 世界中に衛星中継された彼の頭には、確かに一本、角が生えていました。学者たちが彼の角を調べ、これが正真正銘、本物の角であるコトを立証しました。
 人々は驚愕し、そして世界でたったひとりの角がある男に熱狂的な視線を送りました。彼は全世界の人々から羨望と尊敬の眼差しを受け、一躍、時の人となりました。
 そして、角がない人たちは、彼を指導者に!と口々に叫びました。
 その声は日増しに高まり、全世界の総意となりました。
 世界は初めてひとつになり、ひとりの角がある男によって統一されようとしていました。

 ついにその日が来ました。
 男は熱狂的な群衆の前で世界統一を果たした初めての人間として、壇上に立ちました。
 そして、第一声を話そうとしたその時、群衆の中のひとりが呟きました。
「だから、なに?」
 呟いた男の周囲でざわめきが起こりました。
「……確かに」
「云われてみれば……」
「角がないからって、どうだと云うんだ?」
 ざわめきの輪は群衆の中を広がっていき、とうとう角がある男のところまで聴こえてきました。
「……え~っと」
 角がある男は戸惑いの声を漏らしました。
 すっかり冷静になった群衆は、彼に云いました。
「角なんてなくても問題ないな」
「え?」
「じゃあ、そう云うコトで」
 群衆が立ち去った後には、角がある男だけがひとり取り残されました。
 こうして、世界は日常へ戻りました。

 そんなある日のコトです。
 街を歩いていたひとりの男が、ハタと立ち止まり、こう叫びました。
「俺には尻尾がない!」

王様の耳はロバの耳

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"だから何だと云うのだ?"
"へ、陛下!?"
"余の耳がロバのそれに酷似しているからと云って、それは余の治世に何ら関係あるまい?"
"そ、それはそうでありますが…"
"余が臣民に糾弾されて然るべきは、余の治世に誤りがあった時。余の外見はとやかく云われる筋合いはない、と思うがの…。申せ、汝は余の政に何か不満でもあるのか?"
"い、いえ。陛下の御世になられましてから、我らの暮らし向きも良くなり、まさしく大平の世…。誠に臣の短慮、恥じ入るばかりで御座います…"
"時に汝は余の耳がロバに似ていると思うか? 腹蔵なきところを申してみよ"
"は! え、その…。有り体に申し上げれば、その…似ておられるかと…"
"衛士をこれへ…!"
"へ! 陛下!"
"余が耳のことを気にしてはおらん…と云うてはおらんでの。即刻、この者の首を刎ねよ…www"
教訓
所詮、専制君主は専制君主でしかない…www

惨月記

「我が友、李徴子の話をしたことはあったかな?」

 今、まさに臨終の時を迎えつつある袁慘は、臥所の傍に佇んでいる家督を譲って久しい自らの長子に語り掛けた。
 長く病の床にある袁慘には、もとより死出の旅路へ向かわんとする怯えも心残りもない。だが、ふと自らの生涯を振り返ると、無二の友であり、奇異な運命を辿った李徴のことを思い出さずにはいられない。そして、彼の名を死後百年と云わず、末代迄にも語り伝えなければならないと思い至ったのである。
 それこそが、あの夜、李徴と人として最後に語り明かした袁傪の宿命、いや果たすべき友との約束なのではなかろうかと。
 「確か、父上と共に進士の第に登られたお方では」
「然様。その我が友、李徴子のことでお前に恃みがあるのだ」
 遥か昔に思い出となった若き頃を懐かしんでいるのか、父、袁傪は生来の温和な性格のまま、笑みを浮かべながら眼を細くしていた。
 「お聴かせくださいませ。私に出来ることであれば何なりと」
「うむ。他でもない。三の蔵にある行李にしまい込んだままになっているあの毛皮のことだ」
「父上が監察御史として旅をしておられた時に斃された人喰い虎の毛皮のことで御座いますな」
「そうだ。あれはな。実は友、李徴の成れの果てなのだよ」
「何と!」
 突然の父の告白に驚懼の念を禁じ得ないまま、彼は父の語る怪異譚にただただ耳を傾けた。

 「なるほど、然様な謂れが御座いましたか。なれど……」
 彼は父に問うた。
「何故に当家の蔵に李徴さまの亡骸……。いえ、毛皮が遺されているのですか?」
「それは私が李徴との最後の約束を違えたからだ」
「……。まさか?」
「私は公用の帰路、李徴の忠告に従わず、彼と別れた商於の地へ戻った」
 袁傪はそこで瞑目し、そこで何があったかを息子に静かに語った。
 即ち、既に人ならざるものに身も心も堕ちた虎としての李徴を、商於に住まい難渋していた人々のために、袁傪は討ち果たしたのである。
 それは官吏の職にある者としては当然のことであった。
 ただひとつ、その虎がかつての自らの友だったことを袁傪が知っていたことを除けば。
「李徴は詩家としては死後百年の後に名を残せなかったやもしれん。だが、虎としてはその見事な毛皮を私に遺してくれたのだ」

 これが『虎は死して皮を遺す』の謂れである。

 袁家の家長の座を隠居した父から継いで久しい。
 しかし、この話は初耳であった。
「良いな。当家が続く限り、彼の毛皮に纏わる話を語り伝えていくのだ」
 袁傪は念を押すように息子に続けた。
 「毛皮の方は長安の市にでも持って行け。かなりの値がつく代物だ」

 袁家の家長の座を隠居した父から継いで久しい。
 しかし、ここ迄、俗物めいた表情を浮かべ、『皮算用』にほくそ笑む父を見るのは初めてであった。

 これが『人を喰った譚』の顛末である。

最後の一葉 お遍路寓話集より

 あの葉っぱが最後の一枚だとは思えない。
 もし、季節が巡り、また草木芽吹く暖かな春が来たら、あの今は枯れたように見える蔦ではあるが、青々とした葉で、再びあの壁一面を覆うのかもしれない……。

Political fiction 茶番劇 あるいは 責任の丸投げについて

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 「おい! お前じゃ話にならん! 上のモンを出せ!」
「あの…。大変失礼ですが、そちらは?」
「国民だよ!」
「あ、これは大変申し訳ございません。ところで 私の上司と申しますと…大臣になりますが?」
「おぉ! 上等じゃねぇか! じゃあ大臣を出して貰おうか!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「な! おい!」
「お待たせしました。 ただいま、大臣がお出になります」
「お電話代わりました。大臣の◯◯でございます。お話しは事前に担当の者より承っております。この度は、私ども△△省が誠に失礼をいたしました。所管担当大臣として国民であらせられるあなたさまにお詫び申し上げます」
「お、おぅ…。全くだよ。いったいどうしてくれるんだよ?」
「は、大変恐縮ではございますが、本件は政府全体の政策の一環でして…」
「ま、まぁ。それはな? 俺もニュースで見たよ。だけどよ。それで納得しろと云われてもよ。はいそうですか、と云う国民がいるのかよ?」
「はい。誠にごもっともなご意見かと」
「あれってあれだろ? 新しい総理の肝煎りで決めたんだろ?」
「は。いや、ご慧眼の通りで」
「…。ってことはあれか?…今回の件は総理の責任ってことか?」
「いや、まぁ。それは私の立場ではちょっと…」
「まぁ、そうだろうな。あんたも大変なんだな…」
「いえ、とんでもありません。小職の身までご心配いただくなどと、国民のあなた様のご配慮痛み入ります」
「でもなぁ。この際、腹割って話すけどよ。あれ、ほんとに何とかならねぇのか?」
「…さようでございますね…。あの…。もしよろしければ上の者から説明させますが?」
「なに? 上の者??? まさか、あんたの上司って…」
「はい。内閣総理大臣でございますが…」
「そ! 総理だぁ! 総理大臣がわざわざ俺の電話に出るってのかよ? あんた、からかうのも大概に…」
「お電話代わりました。この度、国民の皆様の信を得まして、内閣総理大臣の任を承りました。□□でございます」
「は? マジか? あんた、あの□□総理本人かい!?」
「はい。さようでございます」
「…いや、まさか。本当に電話に出るとは思わなかったよ…」
「いえ、国民の皆様に丁寧に説明させていただくのも、私の仕事ですので。その点はお気にならさらずに…」
「そ、そうかい? いや、参ったな…」
「あの…。もし私ごときのお話しではご納得いただけない…と云うのであれば、上の者に代わりますが?」
「なに? 総理の上って!!!!!」
「…はい。お電話…代わりましたが…」
「あ、あの…。そちら様はいったい?」
「あ、いや。何かいきなり政府から電話掛かって来て代わってくれと…」
「…え?」
「何か、総理の上司は国民の皆様ですからとか何とか…」
「えぇっと、じゃあ、あんた…」
「はぁ、ただの一国民ですが…。そう云うあなたは?」
「いや、俺も…ただの国民だよ」
「あぁ…」
「…うん」

 政府からのお知らせです。
 我が国は国民主権を是とする民主国家です。
 そこで、国民の皆様に奉仕させていただく公僕たる政府としては、国民の皆さまこそが政治の主役、国民の皆さまこそが我が国のリーダーであることを広く周知させていただくため、あらたに国民主権コールセンターを設置させていただくことといたしました。
 政府の政策、その他、ご意見がおありの方は、是非ともお電話いただければと思います。
 直ちに最新システムにより無作為に抽出させていただいた国民の代表の方が、あなたの疑問にお答えします。
 政治の主役はあなた!
あなた自身なのです!!
どしどしお電話ください!
そして是非とも皆さんの疑問に"お答え"ください!!
これこそが国民主権の理想的、画期的な政治システムなのです!

 尚、お電話に意図的にお出にならなかった方には、参政権不行使の責任を問われる場合があります。
以上、政府からのお知らせでした。

 コッチャコイ(・_・ )=C(o;_ _)o.....ズルズル



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