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トマトをかじるオジサン

いつものスーパーで買い物をしていた。早く済ませたい私は、見知った店舗の入り口からレジまでの間の動線を無駄の無いようにと、予め頭に描いた様に移動する。

鮮魚コーナーから味噌を陳列する通りに入った時だ、向かいから丸のままのトマトをかじりながらオジサンが歩いて来た。ああ、トマトを食べてるんだな、と見たままの事を思い、でもその人がトマト以外は手ぶらで、通りを食べ歩きしてるみたいな呑気な顔で居る事に、違和感やさざなみの様な衝撃が沸き上がって来た。

すれ違っても振り返ったりしないでおこう、と思った。それは仕事の疲れや寝不足の頭が、自分に必要な事以外を追い出したい、買い物を済ませて帰ってからの家事だってあるのだ、私がオジサンを咎め立てする立場でもないのだから、と買い物を続けた。

万引きが多いんだそうだ。お金が無くて、という人からお金はあるけど使うのが嫌で、とかゲーム感覚で万引きをする人も居ると聞く。

こういうのを見聞きする度思うのは、罰せられるからやってはいけない、というのは違うと考える。じゃあ誰も見ていない、防犯カメラも無い、誰にも気付かれないのならやるのか、そうじゃないでしょ、と思う。

金額の多寡じゃない、盗むという行為の醜さを許す自分の心が問題なのだ。トマトが売り場から持って来たのか、レジを済ませてぷらぷらしてたのかはわからないけれど、普通取る行動ではない。

歩きながら大急ぎでトマトをかじるオジサン。びっくりすると、逆に驚きをそのまま出せなくなる。心で口をあんぐり開けたまま、買い物を済ませて明るい外へ出た。

晩秋から初冬に差し掛かる頃とは思えない暖かさ。でも空は澄み渡っていて、雲のありかを探さねばならない程だ。誰かの物を盗るなんて、この空に恥ずべき事じゃないの。

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