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目を覚ますと知らない女の子からメッセージが来ていて意外な展開になった話

「お家に遊びに行ってもいいですか? 週末、近くまで行くんです」

非モテ恋愛弱者男に刺激が強いメッセージが届いたきっかけは忘年会だった。しこたま飲んだ割にはスッキリしてる頭で出社すると、いつもとは違う微妙な距離感を同僚たちから感じてしまう。

あれれ? なんかおかしいな。
記憶の一部がぶっ飛んでしまっているのではないか? という推測をしてちょっと怖くなる。こんなこと初めてだ。まずいな。

「あの……。なんかありましたっけ?」
「え? 覚えてないの?」先輩の女性社員が目ん玉を丸くして聞き返してくる。
「最っ低……」

うわ、なんだか「最低」呼ばわりされてる。

「え? あの……俺は何か失礼なことをしたってことでしょうか……」

呆れる彼女の代わりに別の先輩が隣のデスクから教えてくれる。
「ひでえな。お前さ、酔っぱらって居酒屋の店員の女の子を口説いてたぞ」
「信じらんない……」女性社員の冷たい一瞥。

ぐう……。

マジかよ。でもそう言われてみると……脳内に、もや~っとした映像が再生される。

そうだ、待てよ……。
携帯を取り出して先輩に見せる。

「あの、知らない人からメッセージが来てるんですけど、これって……」
「どう考えてもあの子だろ。お前きちんと対応しろよ? 知り合いの店だからな?」

「顔も覚えてないです」と言いたいところだが、先輩の圧が強くて「はい」としか言えない。

……とはいえ……。

状況を理解して冷静になってみると一つの疑問が頭をよぎる。
「俺、女の子からメッセージなんて来たことあったっけ?」

ブサイクでハゲ、仕事もできず、どんどん後ろから追い抜いていく後輩を横目に鬱々とした現実を送り、SNSの「いいね」ボタンだってロクに押してもらえない。更に本日をもって女子社員から「最低」の称号まで頂いてしまった次第。

何においても、誰からも認めてもらえない俺に、女の子から「遊びに行きたい」というメッセージ。どうやったって抑えられない感情がある。

「嬉しい」

経緯はどうあれ。

しかし参ったな……。本当に家に来るのだろうか? 居酒屋で連絡先交換した男と会うだけで? そんなことある?

大混乱であるが、恋愛弱男に分かるわけもなく、あれよあれよと当日を迎えてしまう。

現れた彼女は確かに記憶のどこかにある顔だった。
ドギマギしながら迎え入れ、お茶やらお菓子などをふるまったりしてみる。俺の部屋に女の子なんて違和感しかない。これ、本当に何かが始まったりするやつ?

彼女の方は饒舌だった。

「あの映画、観たって言ってたよね? どうだった?」
俺、そんな話をしたっけ。覚えてねえ……。背筋に冷たいものが走る。

「最近、眠りが浅いとか言ってたよね?」
それも覚えてねえ……。とりあえず話を合わせるか。

「そ……うなんだよね、時々ね」
「あのさ、いいサプリがあるから持ってきたの」

彼女はそう言って鞄から小さな瓶を取り出してテーブルに置く。
サプリをくれると言ってるが、破天荒に親切な人なのか? あるいは居酒屋で口説いてきたよく分からん男のことを好きになる、なんていうレアなパタンがありえるのか?

依然、ぐるぐると混乱を続ける非モテ脳に突然、答え合わせの瞬間が訪れる。

「3000円」

彼女はそう言って手のひらを俺の方に差し出した。

はは、カネ取んのね……

色々な違和感が一気に消えていく。恋愛弱者といえど30年近くも生きてればこの程度のことではびくともしないぜ。逆に「面白いの来たな」感があって、彼女のセールストークに乗っかってみることに決める。

ナントカっていう怪しいビジネスについて一通り熱いプレゼンをキメた後で彼女が言う。
「でね、今日このあと仲間とパーティがあるんだけど、一緒に行かない?」

来たぁ……。見てやろうじゃないか。
モテない男に色恋を匂わせてどんなものを買わせるつもりだ。
壺か? ラッセンの絵か? ワンルームマンションか?

彼女に連れて行かれたのは、何の変哲もないマンション。
念のため、ブサ友に「◯時までに連絡がなかったら警察へ」と送って準備は万端だ。

どんな悪い連中がいるんだろうと恐る恐る中に。ホームパーティっぽい雰囲気の中、彼女が「ビジネス仲間」と呼ぶ人々を一目見て、俺は全てを理解してしまう。

「ビジネス仲間」たちとは、俺だった。

言葉は悪いが、どの角度から見ても冴えない男女が、もやもやと集まっている。
「新しい仲間」として紹介された俺に、嬉しそうに「このサプリはいいよ」とか「この石鹸は無添加で」とか話しかけてくる。

この人たちは、こうやってビジネスを理由に集まって、日常でうまく行ってない傷を舐め合っているのだ。

「この妙なビジネスをうまく行かせる力があるなら、普通に職場でいい成績取れよ」
「こんな冴えない奴らと付き合ってるからダメなんだ」

彼らを諭したり、非難したりするのは傲慢だ。

人は誰だって認められたいし、気にかけてもらいたい。
「日常」に表と裏があるとするなら。職場、家庭、恋愛、友人関係は表だろう。でもその全てにおいてうまくいかない種類の人間だっている。表で誰にも認めてもらえないなら、どこかで認めてもらえる別の場所が必要だ。ここは裏側、言わばそういう人たちの避難所だ。

よく分からない商品を売ることの是非はさておき、ここに来れば仲間がいて、自分の「いいね」ボタンを押してくれる。少なくとも辛い日常にいるよりは幸せなのだ。

いいじゃないか、別に。
職場でうまく行かなければ、ネトゲで王様になってもいい。

評価なんて、結局はどの舞台に立つかで変わる。今は全てが上手くいっている人だって、環境が変わったりすれば一気に悪くなる可能性だってある。
自分が上手くいっていると思うのも、他人が失敗していると見下すのも、実際には狭い狭い世界のほんの一瞬を切り出して見ているに過ぎない。

彼女が近づいてくる。
「どう? 一緒にやるよね? 今から私たちのリーダさんも来るの。話も面白くてとても刺激になるよ」

これ以上いると、さすがに勧誘の圧が強くなるだろう。センサーが動く。
「そうだね……。でも俺、まだ他にやってみたいこと一杯あるから。そっちに飽きたらこっちに戻ってくるよ」

彼女はリーダーが来る前に帰るなんて失礼だ、みたいなトーンになり始めたが、知ったこっちゃない。

俺は逃げ出すようにその場を後にして、ブサイク友達に報告のメッセージを送った。
「生還! やっぱりデートではありませんでした!」

※10年以上前の話です

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