swancry「幾つもの祈りへ」レビュー

女性ボーカリストhikageさんによるソロプロジェクト、swancryがアルバム「幾つもの祈りへ」を2024/12/25にリリースしました。全8曲収録、初の全国流通版です。CDショップでの購入および各配信サービスでの視聴が可能です。この記事は「幾つもの祈りへ」を聴いた自分がひたすら長きにわたって感想を書き連ねたものです。かなりの長文になることが予想されますが、それだけ衝撃を受けたのだと思ってもらえれば幸いです。

そもそも何故swancryを知ったのか。話は2015年の年末に飛びます。当時、完全に人生に行き詰まっていた自分は「ゆくえしれずつれづれ」というアイドルグループを発見します。「だつりょく系げきじょう系」を標榜し、叙情ハードコアをベースとした浮遊感のあるトラックに全員の激しいシャウトが乗る楽曲に一発で心を奪われ、ライブに通うようになります。

何の説明もなく「叙情ハードコア」というワードを出してしまいました。このあとswancryについて書くにあたり必須のワードなので触れておくと、ロックを激しくしたパンク、パンクを激しくしたハードコアのうち、激しいリズム、美しく印象的なリフと心を揺さぶる展開、その上に乗る時にはほとんど聞き取れないほど苛烈なシャウトを特徴とするものを「叙情ハードコア」と呼ぶ、と解釈しています(人によって定義は全然バラバラだと思います)。他にも「激情ハードコア」「skramz(スクラムズ)」といった言葉も用いられています。代表的な日本のバンドとしてenvy、heaven in her arms、killie、gusanos、endzweck、yarmulke、to overflow evidenceなどを挙げたいです。2015年当時、ジャンルとしてマイナーであることは否めない叙情ハードコアを全面的に取り入れたアイドルの誕生は「俺が作ったアイドルなのか?」という錯覚を起こしたほどに衝撃的でした。

初めてゆくえしれずつれづれのライブを観たのは2016年5月14日のことでした。当時2人編成だったつれづれのライブについて当時の自分はこのように投稿しています。支離滅裂な文章ですが熱気は伝わってきます。

このとき「柵上から煽りまくる」パフォーマンスを行っていたのが、当時は別名義で活動していたhikageさんでした。

以降、ゆくえしれずつれづれを観に行くことが人生の大部分を占める日々が始まります。群青(ゆくえしれずつれづれのファンの名義)の一員としてライブに通い、アルバムを買い、代表曲「六落叫」で肩を組んで歌い、東京や名古屋や広島まで遠征し、川崎で開催された「夏の魔物」では会場全体を巻き込んだパフォーマンスにひどく感動し、マーチの長袖トレーナーで冬の寒さをしのぐ日々を数年続けました。

2019年にhikageさんが脱退した時は、もう会えなくなること、観られなくなることをとても寂しく感じました。アイドルであることを前提として、アイドルを超越した唯一無二のパフォーマンスをする方だと思っていました。人前に出るにあたって、どこまで自分のリミッターを外して全力を出せるかを考えるとき、いつもhikageさんの姿を思い浮かべていました。そのくらい自分にとっては見習うべきところが多い人で、いつかまた、どこかで活動を再開してほしい、という思いが強くありました。

ですので、swancryが始動した時は嬉しかったです。そしてリリースされた楽曲を聴いて心底嬉しくなりました。hikageさんが絶叫していたからです。かつて自分が熱狂したものが、さらにブラッシュアップされて現在に繋がっていることに心から感謝し感動しました。様々な活動形態が想定されるなか、引き続き「女声ボーカルによる叙情ハードコア」をベースに活動していただけることが有難く(この字が適当なくらい前例のないプロジェクトだと思っています)リリースを重ねるごとに洗練されていく凄味を感じました。

「幾つもの祈りへ」がリリースされ、渋谷のタワレコに展開されているのを見て感動し、買い、聴き、圧倒されました。これまでのswancryが積んできた経験値をフルに活かした楽曲のクオリティと幅に心を揺さぶられ、歌と叫びに何度も息を呑む瞬間がありました。2015年の大晦日から月日は流れ、自分も周囲の環境も激変していく中で、再びこのような体験ができることに大いに驚き、感謝しました。何かがしたくて今、この文章を書いています。

ここまでで2000字を費やしました。
ここから全8曲について思いの丈を書きます。

I am

ファーストアルバムの一曲目にこの曲を持ってくるところに、swancryというプロジェクトの多様さと気概を感じます。ライブで観た際、過激といっても差し支えないブルータルさに吹き飛ばされ、その後物販で「これがアルバムの一曲目になります」と聴いて驚愕しました。神聖な印象を受けるイントロからブラストとスクリームを突っ込んでくる展開は、ポストブラックメタルバンド「明日の叙景」を想起させる、とても美しく壮絶なものでした。

私は
怖いずっと何かが
憎いずっと誰かが

後半、「私」とその在り方を疑う、疑わざるを得ない状況にいる歌詞に哀切を感じます。過去の自分を疑い、他人から愛される自分を疑い、この先の自分を疑う「私」の息が詰まるような閉塞感が胸に迫ります。紋切型の叙情ハードコアではない「I am」が一曲目にあることで、アルバム全体の奥行きを予見させる作りになっているように感じました。

イノセント

激しいイントロに載せた十戒の詠唱から始まり、鮮やかな展開と美しいピアノの音色が印象的な曲です。特筆すべきは歌詞です。

平日は走って 休みの日は遠出した
君が呼ぶ僕の名前が好きだった
(中略)
空っぽになるのが怖かった
ずっと空っぽだったなんて そんなわけない
確かにあったんだと 残り続けるんだと
君だけに言ってほしかった

はい、その通りです。語彙が全部死んでしまって申し訳ありませんが本当にその通りです。前述の通りの生活を送っていた者としては、この部分でどうしてもあの頃を思い出してしまいます。この歌が過去を肯定してくれるものかは解釈によると思いますが、追いかける側の心情に寄り添ってくれる内容だと自分は解釈し、悲しいけれど温かい気持ちになりました。タイトルが無罪や無垢を意味するイノセントなのが堪りません。あと「揺れる心と平坦な脳の波形」という歌詞があるのですが、心と頭を対比させるにあたって「波形」を用いる言葉選びが新鮮で好きでした。

幻夜

PVがあります。まずはそちらをご覧下さい。

全体で3分未満の曲ですが、印象的なギターのリフと苛烈なスクリーム、地獄のようなブレイクダウンと聴きどころの多い曲です。リフレインを多用した歌詞からはホラー要素に通ずる情念を感じました。たぶんライブではまだ聴いていないので、いつかお目見えするのが楽しみです。

Mag Mell

ケルト神話における死者の国で、喜びの島、という意味だそうです。始まりや船出を想起させる疾走感溢れるメロディで、このアルバムの中では最もストレートかつポジティブな曲に感じました。男声コーラス(めっちゃかっこいいです)との掛け合いも勢いがあって良いです。

無駄なんかなかった全て
君に出会うためだったよ

この部分で拳を突きあげたくなります。硬派なメロディックハードコア風の曲に「君」について想う歌詞を載せるギャップが良いです。後半のgauge means nothingを想起させるキャッチ―なメロディがツボに入りました。

Howl

イントロのツインギターの絡みが印象的な曲で、このアルバムの収録作では唯一スクリームがありません。サビで一気に広がりを見せる展開が好きです。Mag Mellと同じく疾走感のある曲なのですがHowlからはしなやかさと温かみを強く感じました。

噛みついてまだ終われない
錆びついてもまだ終われない
僕を見せる

サビで繰り返されるこの言葉からは強い覚悟が伝わってきました。今作ではアルバム全体を通して「始まりと終わり」や「ここにいる意味」を繰り返し問うているように感じ、この曲にもその一端が現れているように思えます。

きらきらひかる

浮遊感の漂うトラックと歌詞、突然差し込まれ繰り返される「享受して」というスクリームを含め、不穏さの漂う異色の一曲です。個人的にはこのアルバムの中では最も女性性を感じる曲でした。swancryの説明をするとき「女声ボーカルによる叙情ハードコアをベースにしたプロジェクト」という説明をつい多用してしまうのですが、そのジャンルにとらわれず、現状のswancryにしかできない表現の幅を見せてくれる楽曲です。

冬をやさしくなぜて
憂鬱はきらきらひかる

「憂鬱」が「ひかる」と捉えらえる感性、ヤバくないですか?今回アルバムになったことで歌詞カードを見ることができ、読めば読むほどhikageさんの歌詞に惹きつけられています。

冬の亡霊

何度も、どうしてもこの曲をリピートしてしまうのは、静謐な導入から壮大なクライマックスに至る展開に心を奪われたうえで、何より歌詞が本当に凄いからです。湧き上がる「君」への惜別、それが冬を重ねるたびに薄れていく切なさと、それでも変わらない思いが、痛切なシャウトに載せてあふれ出すところを繰り返し聴き、その度に感動しています。

抱きしめる
記憶を 思いを
刻むように

だらしなく
窓辺で寝そべる
背骨の形も温度も
くせっ毛な髪も匂いも

一発目に「背骨の形」が来るのが本当に衝撃でした。どれも近づかないとわからないものばかりで、「君」がそばにいて、もういないことがはっきりと分かる、分からされるのがとても辛く、それでも当事者ではないからどのくらい辛いか分からない、という点で何度聴いても聴き足りないです。

Birth

誕生、というタイトルの曲をアルバムの最後に持ってくる構成にまず唸らされました。前述のとおりアルバム全体を通じて描かれてきた始まりと終わり、生と死について、その集大成となる曲のように感じています。

ねえ、白鳥は死ぬ間際に
一番美しく鳴くんだって

プロジェクト名の由来に言及しているこの曲こそswancryのアンセムなのかな、と勝手に感じています。「最高の産声を」(ここのスクリームの仕方マジで最高なので絶対聴いてください)に代表される、復活と始まりを強く感じる言葉が次々と現れる歌、緩急の激しい演奏とドラマティックな展開はライブで初めて見た時からずっと心の中に残っています。

望まないのなら
それでいいの
でも望むなら
どこへだって行くよ
歌は旅を続ける
今日も
君に会いに行くよ

優しい言葉の裏に強い覚悟を感じる歌詞に、swancryに惹かれる理由が詰まっているように感じます。最後の一秒まで気迫の漲ったこの曲で、アルバム「幾つもの祈りへ」は幕を閉じます。

叙情ハードコア、激情ハードコア、skramzの魅力はある種の不安定さにあると思っていて、それは円熟とは真逆の概念だと考えています。現在のswancryは衝動と技巧が絶妙なバランスを保っていて、ライブに行く度、曲を聴くたびに驚きと発見があります。今この瞬間が記録されているという点で、「幾つもの祈りへ」はとても貴重なアルバムだと思います。素晴らしい作品をリリースしていただいて誠にありがとうございます。

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